『INSIDE』 戦略的設計と背景に組み込まれた罠とは

ところで、なぜプレイヤーは「左から右に進んでいく」のでしょうか。また、『INSIDE』が数多のゲームファンとゲームクリエイターたちの心を掴んだのはどうしてなのでしょうか。

横スクロールアクションで最も有名なタイトルは『スーパーマリオブラザーズ』でしょう。キノピオから「ピーチ姫がクッパにさらわれてしまったので、助けてほしい」と説明があり、マリオは右へ右へと進んでいくことになります。誰もが知る、横スクロールアクションの基本形です。

しかし、『INSIDE』では少々事情が異なります。前段でお話ししたとおり、言語情報を最小限にするという制約があるため、少年が右に行くための事情を表示することができないのです。そこで採用されたのが、「背景で語る」という手法です。

『INSIDE』では様々な背景が現われます。プレイヤーは背景を通して、少年は研究所のようなところから逃亡中であること、世界はゾンビで溢れていること、少数の正常そうな人たちがゾンビを管理していること、水没して放棄された都市があること、といったことを知り、ある程度のストーリーを推察することができます。

この「背景で語る」というやり方は、Environmental Storytellingと呼ばれ、ビデオゲームの物語手法として、しばしば用いられてきました。背景は実に多くの情報をプレイヤーに供給します。その場所でどんなことが起きたのか、どんな人がどう過ごしたのか、次に何が起ころうとしているのか、などです。たとえば、ゲームに出てくる牢獄の壁にはシミがたくさんあったりしますが、そこの囚人たちがどういう目に遭っているかをつい想像してしまう、という経験は、ゲームファンなら覚えがあるのではないでしょうか。

『LIMBO』と『INSIDE』で大きく異なる点が背景です。『LIMBO』は平面的でモノクロですが、『INSIDE』は奥行きがあり、人々や小道具が描き込まれています。しかし、背景から得られる情報量は抑えられており、プレイヤーは歯抜けになった壊れかけの物語を受け取ることとなります。この壊れ具合が、『INSIDE』は非常に巧妙なのです。農場では豚の死骸に線虫がうごめいています。水没した高層ビルには机や書類が今も散乱しています。不可解でありながら、何か秘密が隠されていそうな気がしてなりません。

『INSIDE』の世界で一体何が起きたのか? プレイヤーは目の前のパズルを解いているつもりでも、いつの間にか、背景が語る隙間だらけの物語の読者となっているのです。

映画や小説でも、読者はつい、語られない部分を自分で想像してしまうものです。語られない部分とは、たとえば、登場人物の着ている服、表情、声色、プロフィール、経緯といった細々としたもので、作品中に記述がないので、ストーリーの隙間として存在しています。読者側が隙間を感じると、「きっとこんな人物なんだろう」というような予想を自然に行います。思わず脳内補完してしまうポイント、なんて言った方が分かりやすいのかもしれません。

『INSIDE』の背景には痕跡しか残っていません。その痕跡に至るまでの経緯はほとんど語られないため、背景の読者(プレイヤー)はストーリーの隙間を埋めるために、あれこれと思いを巡らせます。しかし、どれほど入念に予想や補完をしても、パズルを解いた先(画面の右)にはいつも想定外の物語(背景)が広がっているのです。

世界は崩壊しているのかと思えば…

機能している都市に行き着きます

ゾンビばかりかと思えば…

正常な人たちもいるようです

 

『INSIDE』では、背景の読者(プレイヤー)は常に裏切られつづけることとなります。本作の背景は制作者の意図的な罠です。もっと情報を盛り込むことができるはずなのに、どのステージの背景も一番知りたいことを教えてはくれず、痕跡が点々とあるばかりです。

しかし、わかっていても、プレイヤーはその絶妙な罠にどうしても絡め取られ、あれこれと予想し、結局は次の場面でまた騙されたことに気付くのです。ホラー作品やゲームに詳しい人ほど色々なパターンを想定するものの、ことごとく覆され、より大きな衝撃を受けたことでしょう。