『INSIDE』 開発資源と市場の制約から生まれた名作

インディーゲームはお好きですか?大手デベロッパーの大作も遊び応えがありますが、Steamやアプリストアには個人や中小企業が開発した個性的な作品が大量にリリースされています。玉石混淆という感じもありますが、隠れた逸品を探すのもまたゲームファンの楽しみです。

さて、今回ご紹介するのは『INSIDE』というインディーゲームです。内容はとてもシンプルで、少年を操作してパズルを解きながら右へ右へと進んでいきます。

読者の中にはすでにご存じの方も多いかもしれません。『INSIDE』はインディーゲームにもかかわらず、海外5つのアワードにて11部門にノミネート、6部門を受賞した話題作だからです。いつもは辛口評価のIGNも満点の評価を示し、それもまたニュースとなりました。国内では、昨年末に4Gamerが149人のゲームクリエイターに行ったインタビューで「最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル」として7人が本作を挙げています。『FINAL FANTASY XV』が17人、『ペルソナ5』が23人と、大作に票が集まる中での大健闘でした。

しかし、プレイしてみると『INSIDE』は実に謎の多いゲームであることがわかります。驚くほどシンプルなのに、プレイヤーを惹きつけてやみません。多くのレビューでは「センスが良い」とか「サウンドが秀逸」というコメントが書かれていますが、センスの一言で終わらせるには少々もったいないと思えるほどです。

確かに『INSIDE』にはクリエイターたちの素晴らしい芸術的センスを感じます。けれども、本作はむしろ、マーケティングとクリエイティブが緻密に織り込まれている点に注目すべきではないでしょうか。シンプルなゲームだからといって侮ってはいけません。名作にして奇作である『INSIDE』の面白さを「制約」という点から考えてみたいと思います。

リソースも予算も厳しい環境

ゲームに限らず、ソフトウェア開発には制約が付き物です。プロジェクトごとに予算が組まれてメンバーが招集されます。私もプロジェクトマネージャーとして仕事をしていた経験がありますが、業務システムにせよ、ゲームソフトにせよ、開発とは費用・人員・時間という現実的な制約の中で行われています。

さて、『INSIDE』はPlaydeadというデンマークの開発会社によって制作されました。Wikiによれば、社員25名の小規模な開発スタジオなのだそうです。Playdeadは以前『LIMBO』というタイトルをリリースしており、『INSIDE』はゲーム性や雰囲気において『LIMBO』の流れを汲む作品となっています。ところが、『INSIDE』の開発には多少のいざこざもあったようです。

『LIMBO』『INSIDE』のPlaydead、昨年夏に開発サイクルを巡り内紛か

– AUTOMATON

Playdeadでビジネス面を担当していたDino Patti氏と、開発チームを率いていたArnt Jensen氏の間で開発期間を巡って対立が生じ、制作したゲームの所有権を争う事態に発展してしまったということらしいのですが、このような考え方の相違はどこのプロジェクトでもよく見られます。Playdeadの実情は関係者のみぞ知るところではあるものの、少なくとも『FINAL FANTASY XV』や『ペルソナ5』のように最高のクオリティのためにあらゆるコストを投じることができる状況ではなかったでしょう。『INSIDE』は人員と時間という、まさに制約の中で生み出されたわけです。

Playdeadはビジネスの面でも制約に縛られていました。前作『LIMBO』から『INSIDE』のリリースまで実に6年もの月日が経過しています。経営を考えれば、『INSIDE』一本で6年分のコストを回収しなくてはなりません。デンマーク国内の市場規模はそれほど大きくありませんから、ヨーロッパ、アメリカ、日本といった海外市場へ打って出る必要があります。けれども派手なプロモーションを行えば、それはそれで大変な費用がかかります。やはり利益とコストは手強い条件の1つです。

では、制約を整理してみましょう。まず、開発リソースが限られている以上、作品の本質的な面白さをぎりぎり損なわずに最少のコンポーネント(要素)まで削ぎ落とさなければなりません。もちろん安っぽくなってもだめですし、物足りない内容でもいけません。また、マーケティングの観点からは、海外展開を前提とした造りに仕上げる必要があります。たとえば、ローカライズの手間を削減するために言語表現を抑えたり、説明不要のわかりやすい操作性などが重要となります。そして、世界中のゲームファンの間でバイラルを起こし、作品を海外ユーザーに認知してもらわなくてはなりません。Playdeadはこの無理難題をいかにして解決し、『INSIDE』に盛り込んだのでしょうか。

『INSIDE』のような横スクロール型のアクションゲームはわりに古典的なジャンルであり、今時の売れ筋とは言えません。しかし、Playdeadはゲームの面白さを維持できる最もシンプルな形態として、あえてこのジャンルを選択しました。彼らにとって、横スクロール型アクションは時代遅れのゲームシステムなどではなく、制約をクリアするための最適解だったのです。プレイ一周が2~3時間であることも偶然ではなく、開発コストを抑えるために短編作品として仕上げられました。上手いことに、周回プレイを前提とした要素が組み込まれているので物足りないという感じはありません。むしろプレイ時間の短さは周回が苦にならないというメリットもあり、非常に合理的な設計となっています。

マーケティング面の要求にも対応が成されています。本作で文字が表れるのは、タイトル、メニュー、スタッフロールくらいですし、操作に至っては、歩く・ジャンプ・持つの3動作に絞られています。これなら、どこの国の人でもすぐに遊ぶことができるはずです。そして「世界中でバイラル効果を起こす」という最大の課題には、ホラーテイストに仕上げることで解決しました。残虐な表現によって引き起こされた恐怖は、その原始的な感情のままに世界中でシェアされていったわけです。このような工夫は、前作『LIMBO』で既に実践されており、さらにブラッシュアップされた形で『INSIDE』にも活用されています。『LIMBO』も『INSIDE』も単なる感性ではなく、理論的で緻密な戦略に基づいた作品だということが見えてきます。

背景から伝わる歯抜けの物語

ところで、なぜプレイヤーは左から右に進んでいくのでしょうか。また、『INSIDE』が数多のゲームファンとゲームクリエイターたちの心を掴んだのはどうしてなのでしょうか。

横スクロールアクションで最も有名なタイトルは『スーパーマリオブラザーズ』でしょう。キノピオから「ピーチ姫がクッパにさらわれてしまったので、助けてほしい」と説明があり、マリオは右へ右へと進んでいくことになります。誰もが知る、横スクロールアクションの基本形です。しかし、『INSIDE』では少々事情が異なります。前段でお話ししたとおり、言語情報を最小限にするという制約があるため、少年が右に行くための事情を表示することができないのです。そこで採用されたのが「背景で語る」という手法でした。

『INSIDE』では様々な背景が現われます。プレイヤーは背景を通して、少年は研究所のようなところから逃亡中であること、世界はゾンビで溢れていること、少数のまともそうな人たちがゾンビを管理していること、水没して放棄された都市があること、などの手がかりを得て、ある程度のストーリーを推察することができます。このような表現はEnvironmental Storytellingと呼ばれ、ビデオゲームの物語手法としてよく用いられてきました。背景は実に多くの情報をプレイヤーに供給します。その場所でどんなことが起きたのか、どんな人がどう過ごしたのか、次に何が起ころうとしているのか、などです。たとえばゲームに出てくる牢獄の壁にはシミがたくさんあったりしますが、そこの囚人たちがどういう目に遭っているかをつい想像してしまう。ゲームファンなら覚えがあるのではないでしょうか。

前作の『LIMBO』と『INSIDE』で大きく異なる点が背景です。『LIMBO』は平面的でモノクロですが、『INSIDE』は奥行きがあり、人々や小道具が描き込まれています。しかし、背景から得られる情報量は抑えられており、プレイヤーは歯抜けになった壊れかけの物語を受け取ることとなります。この壊れ具合は実に巧妙です。農場では豚の死骸に線虫がうごめいています。水没した高層ビルには机や書類が今も散乱しています。不可解でありながら、支離滅裂ではない。何か秘密が隠されていそうな気がしてなりません。

予想と裏切りのエンドレスな往還

プレイヤーは目の前のパズルを解いているつもりでも、いつの間にか背景が伝える隙間だらけの物語の読者となってしまいます。映画や小説でも、私たちはつい語られない部分を自分で想像してしまうものです。語られない部分とは、たとえば、登場人物の着ている服、表情、声色、プロフィール、経緯といった細々としたもので、作品中に記述がないため、ストーリーの隙間として存在しています。読者側が隙間を感じると、「きっとこんな人物なんだろう」というようなことを自然に予想します。思わず脳内補完してしまうポイント、なんて言った方が分かりやすいのかもしれません。

『INSIDE』ではどの背景にも何らかの痕跡が残されています。しかし、なぜその痕跡があるのかはほとんど語られないため、プレイヤーは物語の隙間を埋めるためにあれこれと思いを巡らせることになります。しかし、どれほど入念に予想や補完をしても、パズルを解いた先(画面の右)にはいつも想定外の物語(背景)が広がっているのです。世界は崩壊しているのかと思えば都市に行き着き、ゾンビばかりかと思えば正常な人々が現われる、という具合に。

『INSIDE』の背景はプレイヤーを常に裏切り続けます。痕跡は制作者の意図的な罠です。プレイヤーはその罠にどうしても絡め取られ、あれこれと予想し、結局は次の場面でまた騙されたことに気付くのです。ホラー作品やゲームに詳しい人ほど色々なパターンを想定するものの、ことごとく覆され、より大きな衝撃を受けたことでしょう。私たちが右に進みたくなるのは、この予想と裏切りを往還するダイナミックな揺さぶりによるものです。しかも、この揺さぶりはエンドレスに続きます。『INSIDE』は周回プレイを前提とした構造になっているからです。背景に仕掛けられた物語の隙間によって、プレイヤーの想像力と好奇心は絶えず刺激され、また新たな予想に永遠に続いていくのです。

『INSIDE』は現実的な制約の中で生まれました。人員も時間も余裕がなく、プレイ時間が2~3時間程度の小作品しか作れない環境でした。加えて、ワールドワイドで販売するために文字による表現も制限されました。この制約によって膨大なテキストによる物語は作れなくなり、説明を要する複雑なアクションも実現不可能となりました。しかし、『INSIDE』はその制約すらも面白さの根源として機能するように設計されています。文字情報がないからこそ、背景にある隙間だらけの物語が生きてきますし、短いプレイ時間だからこそ周回を楽しむことができます。その結果、本作は右へ右へとプレイヤーを裏切り続ける、特異な面白さを獲得したのです。

その意味では、本作への賞賛は、戦略に基づいた緻密な設計と、横スクロールアクションで永続する面白さに挑戦したクリエイターらしさにも向けられるべきではないでしょうか。シンプルなゲームなのにプレイヤーを右へ右へと誘う。それは、プレイヤーの好奇心(怖いもの見たさ)を刺激し、疑問を抱かせ、裏切るという大胆な展開によるものです。ゲームを遊ぶということが、これほど複雑で豊かな体験なのだと、私たちに気付きを与えてくれる名作であったと思います。

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