『グラブル』に学ぶIPマネジメント戦略

『ファミ通』の最新調査によれば、昨年の国内家庭用ゲーム(コンシューマーゲーム)の市場規模は2994.8億円だったそうです。とうとう3,000億円を下回る結果となってしまいました。オンラインプラットフォーム(スマートフォン向けのゲームなど)を含めたゲーム市場全体は好調ではあるものの、コンシューマー向けゲームハードとソフトウェアではピークの2007年から実に10年間も縮小傾向が続いています。その結果、2016年はピーク時(2007年)の約半分ほどの規模にまで落ち込みました。

しかし、この縮小傾向もそろそろ下げ止まったとする見方もあるようです。カドカワのファミ通グループ代表・浜村弘一氏は、『ファイナルファンタジーXV』の発売でPlayStation4の販売台数が大幅に伸びたこと、ならびに、今年7月には『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』のリリースが控えていることから、2017年はコンシューマー向けも市場成長率がついにプラスに転じると予測しています。

浜村代表は、「国内のゲーム市場規模は2007年のピーク以降、約10年にわたって減少を続けてきたが、2016年度にようやく下げ止まった」と解説。

– ファミ通.com

ゲームアプリ市場では『Fate/Grand Order』を筆頭に、『ドラゴンボールZ ドッカンバトル』『ONE PIECE トレジャークルーズ』など、アニメやマンガを題材にしたタイトルが人気を集めています。さらに『Pokémon GO』『ファイアーエムブレム ヒーローズ』といったコンシューマーゲームから派生したゲームアプリが満を持して登場しました。コンシューマー向けの市場だけでなく、スマートフォン向けのゲームでも、いわゆるIPタイトルが市場を牽引しつつあるようです。

IPとは何か?

「IP」と略される言葉はいくつかありますが、ゲームビジネスでは知的財産(Intellectual Property)を意味します。ただし、共通の明確な定義があるわけではなく、ゲームファンの間では、ゲーム以外の作品を題材としたゲームタイトルという意味合いで「IPモノ」と言われていたりしていて、あまり良い印象を持っていない人も見受けられます。

ゲームビジネスにおいては「版権」とほぼ同じ意味で用いられることが多いようです。この用法に従えば、『ドラゴンクエスト』も『ファイナルファンタジー』もスクウェア・エニックスのIPということになります。基となる作品のジャンルは問われず、単純に「知的財産」を意味するだけなので、「新規IP」とか「既存IP」という使い方もあります。新規IPは新作、既存IPはシリーズ作品のひとつ、という意味です。SNSで見かける「IPモノ」は「既存IP」の意味に近いかもしれません。

しかし、IP=版権と考えてみても若干の疑問が残ります。というのも、IPには「強力な」とか「大型の」と形容されることがあるからです。IPが版権、もとい、知的財産(権)を意味するだけならば、どれも等しく法律で定められているはずで、特定のIPだけが強かったり大きかったりするのはおかしな話です。一体どういうことなのでしょうか。

どうもIPには辞書的な意味にとどまらず、その作品が持つビジネス面での影響力を指しているように思われます。影響力というのは、知名度、ファンとの関係、その作品から想起されるイメージや世界観……といったところでしょうか。そう考えれば、IPそれぞれに強さや大きさがあることも腑に落ちます。さらに、IPは知的「財産」というよりも、資産と考えたほうがしっくりきます。なぜなら、IPは宝石のようにすぐに値段がついて換金できるもの(財産)ではなく、土地や株式と同じで、将来的に収益をもたらすだろうという経済的な見込み(価値)を持っているからです。

このように考えると、IPとは「知名度や共有されたイメージ、あるいは人々との関係性によって市場への影響力を持ち、将来的な収益が見込まれる資産の一種」と、まとめることができそうです。ところで、この定義をよく考えると、ほとんど「ブランド」と同じ意味であることに気付きます。ブランドと言うと、海外の高級ファッションブランドがまず思い浮かびますが、身の回りにある「スターバックス」や「セブンイレブン」ももちろんブランドのひとつです。IPもブランドならば、それらと並んで『ドラゴンクエスト』があり、『ドラゴンボール』があるということになります。

優れたIPがもたらす3つの効用

ブランドがマーケティング、ひいては企業経営の核を成していることを初めて本格的に論じたのはデイヴィッド・アーカー(David A. Aaker)です。

David Aaker

彼は、ブランドが組織の保有する重要な経営資源であると主張し、「ブランド資産(Brand Equity)」という考え方を提唱しました。彼の学説に従えば、ブランド、つまりIPは企業にとって事業を左右するほど重要な資産であり、その価値を高めれば製品(ゲーム)そのものの価値も増大し、逆に放置したり毀損されるようなことがあれば、製品(ゲーム)それ自体が画期的なものであっても、その価値は大きく下がってしまうということになります。どうもIPを語ろうとすると、人気作品を題材にしてゲームを作るだけの単純な話では収まらないようです。

俗に「IPモノは売れる」と言われるのは、優れたIPがビジネスに多大な効用をもたらすためです。アーカーは長年の研究でブランドが事業の収益に直接貢献することを明らかにし、さらにはイノベーションを起こす開発力や事業シナジーを高めるとまで言っています。漫画やアニメ作品がゲームにイノベーションを本当に起こすかどうかは何とも想像しがたいところがありますが、様々な事例を見る限り、ゲームがIPを起用することで得られる主な恩恵は以下の3つが挙げられるでしょう。

  1. 高い認知度
  2. 結びつけられた連想
  3. ユーザーのロイヤルティ(愛着や忠誠心)
高い認知度

ゲームを買ってもらう(ダウンロードしてもらう)には、何はともあれ、そのゲームのことをできるだけ多くの人々に知ってもらわなくてはなりません。そのためにゲーム会社は様々な広告に投資するのですが、優れたIPは既に高い認知度を持っているので広告コストを大幅に下げることができます。さらに、有名なIPは多くの人にとってお馴染みの存在であり、好意的に迎え入れられるものです。この点が購入プロセスの決定的な場面で効いてきます。意思決定の直前に好意と共に思い出してもらえれば、そのゲームを買って(ダウンロードして)もらえる確率が格段に上がります。『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のようにシリーズが長く続くのは、過去作や派生作品も十分に面白かったという好意が圧倒的な知名度を支えているからです。

結びつけられた連想

パズルRPGと言えば『パズル&ドラゴンズ』ですね。パズルとRPGを掛け合わせたタイトルは他にもたくさんあったはずなのに、なぜか『パズドラ』ばかりが思い浮かんでしまいます。これが結びつけられた連想です。IPとカテゴリーが一度結びついてしまえば、同じカテゴリーに属する競合を自動的に排除することができます。連想の力はそれほど強力です。

IPから連想されるイメージによって、ゲームの特長を直感的に理解してもらうこともできます。たとえば、『ONE PIECE トレジャークルーズ』は、タイトルに『ONE PIECE』とありますから、それだけでどんなキャラクターが出てきて、どのようなストーリーが描かれるのかがわかります。いちいち説明しなくとも、『ONE PIECE』というIPがそのゲームの面白さを雄弁に語っているからです。

ユーザーのロイヤルティ

IPの効用の中で最も大きいのがユーザーのロイヤルティです。そのIPの熱心なファンは、たとえ他に類似した作品があったとしても、それを選ぶことはありません。ただ一筋に作品を愛し、自ら関わろうとしてくれます。中でも、ユーザーのロイヤルティが群を抜いて高いゲームが『Fate/Grand Order』でしょう。国民的IPである『ONE PIECE』も『ドラゴンクエスト』も、アプリランキングでは歯が立ちません。

『FGO』App内課金ランキング

『Fate/Grand Order』のユーザーロイヤルティを示すもののひとつがARPUの高さです。App Storeでは課金アイテムが販売数順に表示されるのですが、『Fate/Grand Order』を見ると金額の高いアイテムほど販売数が多いことがわかります。他のゲームでは手頃な価格のアイテムが最もよく売れるのに対し、この点は非常に特徴的です。ユーザーの高いロイヤルティが盤石な収益基盤を形成しており、IPを起用したゲームの理想的なビジネスモデルとなっています。

急成長したIP 『グランブルーファンタジー』

IPが上記のような効用を十分に発揮できるようになるまでに、場合によっては10年近くの長期に渡る投資が必要です。もちろん、ただお金をつぎ込めばいいのではなく、最適なマネジメントが行われなければなりません。ゲーム業界ではこれまでも実に沢山のIPが開発されてきました。しかし、途中で枯れてしまったり、3分咲きのまま停滞しているものがほとんどです。IPという資産をどのようにマネジメントすべきか。その手法を誰もが模索し、まだ誰も発見できずにいました。

ところが、ここ3年足らずで絶大な人気を誇るIPへと急成長したタイトルがあります。それがCygamesの『グランブルーファンタジー』です。今やスマートフォン向けゲームの王道RPGとして不動の地位を築いた『グランブルーファンタジー』は、最近ではTVアニメも放映され、その知名度を更に高めています。セールスもサービス開始からこれまでずっと上位をキープしており、その人気は全く陰りを見せません。これほどまでのIPをCygamesはいかにして構築してきたのでしょうか。

『グランブルーファンタジー』は2014年の3月にサービスを開始しました。今思えば、その頃からコンセプトは非常に明快でした。「君と紡ぐ、空の物語」というキャッチフレーズに、西洋風の甲冑に身を包み、剣を手にした主人公と騎空挺のビジュアル。古き良き時代のファンタジー作品であることは一目瞭然でした。

さらに、キャラクターデザインを皆葉英夫さん、音楽を植松伸夫さんが手掛けたことも大いに注目されました。二人ともあの『ファイナルファンタジー』に深く関わってきた著名なクリエイターだったからです。コンシューマー向けRPGに匹敵するゲームが遂にスマートフォンに来た。当時のゲームファンは少なからずそう期待したのではないでしょうか。そして、『グランブルーファンタジー』はその膨大なストーリーと美しいビジュアル、さらに遊び甲斐のある育成要素で多くのユーザーを夢中にさせ、市場の期待に応えて見せたのでした。

『グランブルーファンタジー』が単なる人気作としてでなく、スマートフォン向けRPGの代表作という現在の地位を得たきっかけは、2015年の東京ゲームショウにあったように思います。当時最大小間数のブースを構え、騎空挺「グランサイファー」の巨大な展示はファンの度肝を抜く完成度でした。驚くことに、グランサイファーは実際に来場者を乗せることができたのです。現在放映中のTVアニメ版もこの時に制作発表が行われ、ファンの熱狂は最高潮に達しました。その後も、コラボレーション施策、メディアミックス、更にはコンシューマーゲームへの展開も進めており、『グランブルーファンタジー』のマーケティング戦略にはIPマネジメントのエッセンスが大いに含まれています。

『グラブル』に学ぶべき5つのエッセンス
1.強烈なメッセージを発し、それがターゲット層に伝わっている

前段で書いたとおり、『グランブルーファンタジー』はコンセプトが明確で、それが「『ファイナルファンタジー』のような本格的なRPGをスマートフォンで実現する」というメッセージとしてゲームファンに受け止められました。ストーリー重視のRPGは他にあったものの、この強力な意思表示の前に早々に立ち消えてしまった感じがあります。その結果、「スマートフォン向けの正統派RPG」という認知に結びつけられ、早い段階で競合タイトルの遙か上を行くことができたのです。

2.ビジョンを実現するための組織、技術、計画を示している

いくら崇高なビジョンを打ち出しても、それが実現できそうになければ、ただの売り文句だと思われてしまいます。その点、皆葉氏・植松氏の参加はビジョンを強力にエンドースするものとなりました。ユーザーにとって新作ゲームは未知数で高リスクです。しかし、ビジョンが見かけ倒しでないことを証明するエンドースメントがあれば、不安を一挙に期待へと転換することができます。

3.ビジョンがユーザーの希求に応えるものである

これは単にニーズを満たすという話ではありません。それまでのスマートフォン向けゲームは手軽でシンプル、悪く言えば、ストーリー性や戦略性の希薄な“ポチポチゲー(ム)”だと思われてきました。本当のゲームファンはスマートフォンではなくコンソール機でゲームをプレイすべき。――そんな風潮さえあった頃です。しかし、その裏側には、スマートフォンで壮大な世界観のある本格的なゲームをじっくりプレイしたいという願い、あるいは、スマートフォン向けのゲームがコンシューマーゲームより劣っているという見方への疑念があったのではないでしょうか。それが『グランブルーファンタジー』へ向けられた希求となりました。同作が『ファイナルファンタジー』のようなコンシューマー向けRPGを意識したデザインとなっているのは決して偶然ではありません。Cygamesがゲームファンの希求を一早く察知し、スマートフォン向けのゲームとしてではなく、名作RPGに匹敵するゲームを作ろうとした結果なのです。

4. あらゆる接点でビジョンが徹底されている

ゲームはもう、それだけでは完結できないものとなりました。メディアミックス、リアルイベント、マーチャンダイジングといった様々な方面へ画面の枠を越えていく時代です。『グランブルーファンタジー』にはアニメ版、小説版、マンガ版がありますが、世界観も話の大筋もほぼ同じです。安易な変更をせず、物語に矛盾が生じないように配慮された結果でしょう。ファンは作品の至るところを読もうとします。ですから、どこに触れられても、必ずファンとの約束を守れるように、ビジョンや世界観が貫通していなければならないのです。

5. 熱狂を生み出し続けている

TGS 2015 Cygamesブースにて撮影

IPには熱狂が不可欠です。そのために、IPはいつもクリエイティブで、情熱的で、業界を驚かせ、心惹かれるものであり続けなければなりません。『グランブルーファンタジー』にとって2015年のTGS出展はやはりひとつの契機でした。テーマカラーである青色を基調とした広大なブースでは巨大な騎空挺「グランサイファー」によって物語の世界が再現されており、誰が見ても圧倒的な造形でした。どう考えても採算度外視の内容に、Cygamesの並々ならぬ情熱を誰もが感じ取ったことでしょう。

IPマネジメント=価値観を共有するためのプログラム

マーケターはどうも、施策でユーザーが盛り上がったどうかに目をやりがちです。しかし、私たちが本当に考えるべきなのは、何がユーザーの心を打ったのか、熱狂の源はどこにあるのか、ということではないでしょうか。

『グランブルーファンタジー』の熱量が衰えないのは、私たちにいつも未知の感動体験をもたらそうとする意欲を感じさせるからです。これまでのスマートフォン向けゲームにはなかった、コンシューマーゲームに引けを取らない本格的なRPGを実現させ、グランサイファーの展示のように見たことのないものを私たちに次々と魅せてくれました。最近では、「1000万円プレゼントキャンペーン」を実施し、「1000万円のちくわ」「1000万円の肩もみ券」など突拍子もない品物をユーザーにプレゼントしました。もちろん、ちくわも肩もみ券もゲームの内容とは全く関係ありませんから、プロモーションとしてはかなりの離れ業です。しかし、何事も壮大なスケールで取り組んでしまう姿勢はいかにも『グラブル』らしく、そこから感じられるこだわりとユーモアは、ユーザーに自身の価値観や主義、あるいは望ましい人間関係を発見・提示する機会を与えます。

振り返ってみると、『グランブルーファンタジー』のIPマネジメント戦略は、ゲームやゲームビジネスに対する価値観(時に現状に対する疑問や反感を含む)を強く訴え、それをユーザーと共有していくプログラムだったのではないかと思います。過去にはゲーム運営でトラブルもありましたが、それでもユーザーが見捨てなかったのは、『グランブルーファンタジー』がユーザーにとって興味と価値観を共有し、議論を交わすべき相手だったからです。お互いに欠点も失敗もあるけれど、立場の異なる人々が同じ方向へ共に歩んでいこうとする関係は、ちょうど旅の仲間のようでもあります。だからこそ、『グランブルーファンタジー』は長く応援され続け、価値の高いIPとして存在できるのです。

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