書評:『現代メディア・イベント論 パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』飯田豊・立石祥子編

イベントの“お祭り気分”はどこからくるのか

 ファンベースという考え方が浸透し、ゲームビジネスにおけるすべてのマーケティングはファンの獲得と維持のために行われていると言っても過言ではないでしょう。ファンイベントではクリエイターや出演者との交流に加え、音楽ライブなども人気です。最近ではオーケストラによるゲーム音楽の演奏会も開かれるようになりました。

 一方、オンライン上でファンが一同に盛り上がるというシーンもよく目にします。たとえば、『天空の城ラピュタ』がテレビで放映される際は、シータとパズーが滅びの呪文「バルス」を唱える瞬間に合わせて一斉に「バルス」とツイートするのが恒例行事となっています。先日の放送でも「#バルス祭り」がトレンド入りし、文字通り、お祭り騒ぎの様相となりました。この様子はニコニコ動画の「弾幕」に近いものを感じます。

 この“お祭り”感を上手く取り入れたゲームとしては『Splatoon』が挙げられるでしょう。『Splatoon』では定期的にゲーム内イベントの「フェス」が開催され、期間中は対戦ルール、ステージ、BGMをはじめ、ゲーム全体ががらりと変化します。広場では人気キャラクター「シオカラーズ」(『Splatoon2』では「テンタクルズ」)が野外ライブを行い、インクリング(イカ)が曲に合わせて思い思いに身体を揺らす様子は実際の音楽フェスによく似ています。

 また、『Splatoon 2』のフェスではプレイヤーの熟練度を表す「ウデマエ」や「ランク」ではなく、「フェスパワー」という特別な指標が導入されました。この仕様によって、普段マッチングされないような相手と一緒にバトルを体験できるようになりました。

 オフラインのファンイベント、テレビ視聴中のツイートや「弾幕」動画、そしてゲーム。それぞれ形態は異なりますが、どれも“お祭り気分”とも言うべき高揚感と一体感を覚えずにはいられません。この感覚は一体どこから生じるのでしょうか。そして、オーディエンスはメディア・イベントに何を求め、何を受け取っているのでしょうか。本書では気鋭の研究者たちがエスノグラフィーとインタビューによって、その実態を浮き彫りにしています。

 

ゲーム実況文化から巨大ゲームイベントへ

 タイトルにもある「メディア・イベント」については、本書のはじめに次のように説明されています。メディア・イベントとは、

日常生活の流れから相対的に切断された次元に成立するイベントである。それらはいずれも、参加者のあいだに連帯の感情が共有されているかのような、一時的で、仮設的な体験である。

 文章はやや固い印象があるかもしれませんが、たとえば、オリンピックや、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)のようなスポーツ大会を思い浮かべてみてください。

 大会期間はどのテレビ局でも特番が組まれ、それを見ていると、普段はスポーツにそれほど興味はなかったはずなのに、つい試合のライブ中継に釘付けになってしまう。気付けば自分も応援団の一員のような感じがして、テレビの前で手拍子と掛け声を合わせてエールを送っていた。――そんな経験のある方も多いのではないでしょうか。

 しかし、その興奮はあくまでその場限りです。甲子園球場で鳴り響くサイレンがやけに印象的なのは、私たちオーディエンスをメディア・イベントの高揚感から日常生活へと帰還させるものだからなのかもしれません。

 さて、本書の最大の特長は、スポーツイベントのような代表的なケースに限らず、音楽フェス、ゲーム実況、中国のオタクイベント「動漫イベント」、個人または少人数で制作された冊子「zine(ジン)」といった、現在進行形のメディアを研究対象としている点です。

 中でも注目されるのが、社会学者・加藤裕康氏による論考「第4章 ゲーム実況イベント ―ゲームセンターにおける実況の成立を手がかりに」。加藤氏は『ゲームセンター文化論』の著者であり、ゲームセンター、ゲーム実況、e-Sports分野を代表する研究者です。今でこそプロモーション施策の1つにもなっているゲーム実況ですが、同氏によれば、そのルーツは意外にもゲームセンターにあるといいます。

 論考では、“伝説のゲーセン”と名高いゲームセンター「高田馬場ゲーセン・ミカド」の店長・池田稔さんへのインタビューを軸に、ゲームセンターでのイベントがいかにしてコミュニティの場となっていったのか、そして、それを原型とするゲーム実況文化の成立過程を詳らかにしています。さらに、ゲーム実況はEVO、闘会議などの巨大ゲームイベントへと拡大していくのですが、ゲームセンターを起源とするゲーム実況文化と、巨大ゲームイベントでは、参加者同士の繋がり方に様々な違いがあることがわかります。

 取り扱うメディアは様々ですが、同じスクリーンをのぞき込むとき、私たちはいとも簡単に言葉の壁を、年齢の違いを、時間の差を越えてしまいます。マーケティングによる動員には回収されない、スクリーンの前のありようを知ることの出来る一冊です。

 

書籍情報

『現代メディア・イベント論 パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』
著者: 飯田豊・立石祥子編
出版社:勁草書房

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神谷 美恵(Mie Kamiya)
神谷 美恵(Mie Kamiya)https://pickups.jp/
大手SIerに就職するも、旧態依然とした組織に落胆して数年で退職。クラウドサービスを展開する企業に転職し、プロジェクトマネジメントとマーケティングのスキルを磨く。2017年に原 孝則と共同で起業。現在は経営工学を学びながら記事の執筆にあたる。

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