書評:『主人公思考』坂上陽三

市場規模600億円の『アイドルマスター』経済圏

 『アイドルマスター』(以下、アイマス)と私の出会いは、双子アイドルの双海亜美・真美が名曲「エージェント夜を往く」を歌う動画でした。「溶かしつくして」という歌詞が「とかちつくちて」とキュートな空耳ができると、2007年頃に大きな話題を呼んだ動画です。トゥーンシェードというアニメ調の3Dグラフィックスで表現されたアイドルによる歌とダンス、くるくると変わる表情に、たちまち魅了されてしまったことを覚えています。

 『アイマス』との出会いについて、人によっては2005年のアーケード版からという方もいるでしょうし、シリーズ続編であるスマホゲームのリリースがきっかけだという方もいるでしょう。人によって作品との出会いが異なるというのは、シリーズが長く愛され続けた何よりの証拠だと思います。

 2021年7月にシリーズ16周年を迎えた『アイマス』は、プレイヤー自身がプロデューサーとなりアイドル達の成長を支える、人気育成シュミレーションゲームです。

 『アイドルマスター シンデレラガールズ』や『アイドルマスター ミリオンライブ!』、『アイドルマスター SideM』、『アイドルマスター シャイニーカラーズ』といった複数ブランドから成り、ゲームの枠を超えてアニメやライブなども多角的に展開されました。イベントやCD、TVアニメ、グッズ販売やコラボなどを含めると、その市場規模は600億円超の大ヒットコンテンツになっていると言われています。

 『主人公思考』は、そんな『アイマス』の総合プロデューサーを務める坂上陽三氏によるビジネス書です。“ガミP”の愛称で広く知られ、ファンからの信頼も厚いことから、本書に興味を抱いている方も多いのではないでしょうか。

 本書は『アイマス』ヒットの裏側とプロデューサーの役割を学びつつ、仕事への向き合い方についてポジティブな影響を与えてくれる内容となっています。

 

“主人公思考”で行動レベルが上がる

 「主人公思考」とは坂上氏の造語。「物事を自分事化し、自分の視点で物事を考えて行動する」という彼のマインドが込められたワードです。主人公思考によって行動レベルは格段に上がり、仕事で大きな成果が出せるようになるのだといいます。

 本書の表紙にはシリーズを長く支える看板アイドル・天海春香の描き下ろしイラストがあり、主人公思考という言葉が持つ意味を、視覚的にも分かりやすく伝えようとしてくれています。

 坂上氏はどのような経験を経て、主人公思考という独自の考え方を持つようになったのか。その理由について、小学校から高校時代までの漫画家を夢見ていた頃のエピソード、映画監督を志していた大学時代、ゲーム業界を目指したきっかけなど坂上氏の人生を通して、赤裸々に語られています。

 『アイマス』の開発に携わる以前には『モトクロスゴー!』や『魔斬』『リッジレーサー』『エアーコンバット』『デス バイ ディグリーズ 鉄拳:ニーナ ウイリアムズ』といった、数々のゲームタイトルを担当していたという坂上氏。

 様々な作品を通して坂上氏の成功談・失敗談が語られるため、主人公思考とは具体的にどのような考え方なのか、じっくりと理解ができる構成です。

 そのほか、坂上氏の印象について、彼の下で働く三本昌史氏、小美野日出文氏が語るコラムも収録。坂上氏の人物像について様々な人物から語られることで、理想の上司像を実現するための立ち振る舞いとはどのようなものなのか、多面的に知ることができる内容となっています。

 

『アイマス』16年の歩みとヒット要因の分析

 新規IPを生み出す苦労というのは、いつの時代にも当然あるもの。『アイマス』がアーケードゲームとしてスタートした頃、社内では失敗作として見られていたという、今では想像ができないようなエピソードも収録されています。まさに崖っぷちとも思えるスタートから、いかにして『アイマス』は16年を経て、なおも支持されるコンテンツにまで成長することができたのでしょうか。

 本作には『アイマス』のヒットの要因について、総合プロデューサーによる分析が行われているほか、コンセプトについてターゲットやニーズなど、4つのポイントに分けての説明が行われています。坂上氏は「裏話的なものは表だってしないようにしている」としており、本書からしか得られない情報も多いことでしょう。

 特に印象深かったのが、ライブの主役をアイドルではなく観客であると定義し、イベントを『アイマス』の追体験ができる場として実施しているという点です。プロデューサーとアイドルの関係を大切に描く『アイマス』ならではの独自性が感じられ、坂上氏が作品とユーザーとの関係性について、何よりも大切にしたいという思いが伝わってきます。

 ユーザーが自由にキャラクターを二次創作することを許可する、「IP(知的財産)解放」が行われたことも、ユーザーとの信頼関係が築けていたからでしょう。IP解放によりブランドイメージを損ねてしまうリスクもありましたが、 作品の露出が増えたことで知名度を大きく伸ばし、『アイマス』はさらなる躍進を遂げることに成功しました。

 バンダイナムコエンターテインメントは、2015年に『パックマン』『ゼビウス』『マッピー』などゲームタイトル17作品のIPを開放し、二次利用を推進する「カタログIPオープン化プロジェクト」を実施しましたが、これには『アイマス』のIP解放による成功が影響したことも大きかったのではないでしょうか。

 

ゲームプロデューサー入門書としても

 『アイマス』のヒット要因などについてコンパクトにまとめられているなど、シリーズの歴史を紐解くものとしてピッタリな内容になっている本書。

 また、ゲームプロデューサーの業務内容や役割についても、坂上さんの経験談を通して多くの学びを得ることができるなど、同職種の入門書としても読むことができます。

 マイルドな語り口で押しつけがましさがなく、250ページでもスルリと読めてしまうため、忙しい方にもぜひお勧めしたい1冊です。

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島中 一郎(Ichiro Shimanaka)
島中 一郎(Ichiro Shimanaka)https://www.foriio.com/16shimanaka
ライター。ゲーム・アニメ業界を中心にニュース記事の執筆、インタビュー、セミナー取材などマルチに担当。ボードゲームが趣味であり、作品のレビューや体験会のレポートを手掛けるほか、私生活で会を催すことも。無類のホラー好き。

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