重視すべきは“エモさ”である…『Ghost of Tsushima』のローカライズができるまで【CEDEC2021】

 2021年8月24日(火)から26日(木)までの3日間、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス「CEDEC2021」(CEDEC=セデック:Computer  Entertainment Developers Conference 主催:一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会、略称CESA)が開催。昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染拡大を防止する観点から本年もオンラインで開催された。

 本稿では、8月26日(木)に実施された講演「『Ghost of Tsushima』のローカライズができるまで」の模様をレポートしていく。

【講演者】

坂井 大剛
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント「PlayStation Studios International Production & Localization」ローカライズスペシャリスト。アメリカンプロレスなどのスポーツ系番組の字幕翻訳を経て、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントに所属。『Ghost of Tsushima』のローカライズ(全般)を担当。これまでのローカライズ担当タイトルは、『Firewall Zero Hour』、『Dreams Universe』、『Returnal』など。
関根 麗子
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント「PlayStation Studios International Production & Localization」ローカライズプロデューサー。『アンチャーテッド』シリーズの1~2作目、『インファマス:悪名高き男』のローカライズに携わり、『Days Gone』、『アッシュと魔法の筆』等のローカライズプロデューサーを担当。

 

 

日本人が違和感を覚える”トンデモジャパン”にしない

 本講演で取り扱われたタイトルは、蒙古襲来時の対馬を舞台としたオープンワールド時代劇アクションアドベンチャー『Ghost of Tsushima』(2020年7月発売 – PS4)。アメリカのシアトルにスタジオを持つサッカーパンチ・プロダクションズ(SP)が開発を担当している。

 そんなアメリカ製の時代劇ゲームをローカライズするために、時代劇を知らなかった坂井氏たちが、どのようなチャレンジをして解決したのか。

 そもそもゲームにおけるローカライズとは、言語の変換だけではなく、独特のジョークをそのまま直訳しても他の国の人には通じないため、セリフの一部を意訳して変更するなど、音声やテキスト・表現をその国の文化にあわせた”カルチャライズ”も含まれる。その国の人が違和感なく遊べるようになれば、質の高いローカライズといえるそうだ。

 パブリッシャーごとに差異はあるが、SIEのローカライズのプロセスは、まず開発会社から届いた台本や音声ファイル・動画といった素材を管理しながら台本を翻訳、音声ファイルの尺を合わせながら、日本語のセリフを作成する。

 ある程度のセリフが溜まったら、外部の収録会社の助けを借りて収録用の台本に変換してもらい、音声収録がスタートする。音響監督には役者との橋渡しを担当してもらうほか、キャラクターの立場や状況がどのような状態なのかを、音響監督や役者と確認して調整していくとのこと。これらを何度も繰り返していく。

 一段落したら、今度はUIやアイテム名、技名といったゲーム内テキストの翻訳に入る。その後、日本語の音声とテキストを実際に反映したビルドを確認しながら修正していくそうだ。

 ローカライズにかかる期間は、数ヶ月から1年以上にわたる場合も。実際に『Ghost of Tsushima』は、開発延期やコロナの影響により、1年以上かかったそうだ。また、SIEのローカライズチ-ムの目標として、「オリジナル版と同等、またはそれ以上の感動をユーザーに届ける」ことを念頭に置いていたという。

 『Ghost of Tsushima』のローカライズは舞台が鎌倉時代の日本ということもあり、一筋縄ではいかなかったそうだ。その時代の日本人がどのような話し方をしていたかは想像もできないし、時代劇にも詳しくなかったという。そんななか、このチャレンジを挑戦するにあたって、未知のローカライズに挑戦する人たちのために、事例と得られた教訓について、紹介していく。

 まず何よりも重要なのが、「開発会社が何をやりたいか」を理解することだという。『Ghost of Tsushima』開発のサッカーパンチ(SP)の目標は、次の通りだ。

①異国の文化を取り扱う以上敬意を払って描写すること
②世界中のプレイヤーが楽しみ共感できること
③大人も楽しめるシリアスな作品にすること

 この3つの目標を、ローカライズチームは分かりやすく下記のように言い換えた。

①洋画などであるような、日本人が違和感を覚えるトンデモジャパンにしないこと
②時代考証や正確性を優先した歴史レッスンではなく、エンターテイメントをつくること
③ハリウッド的ではない時代劇のエンタメにすること

 以上のように目標設定しことで、開発側(サッカーパンチ)とローカライズ側で共通のゴールを持つことができたという。また、サッカーパンチが掲げていた目標の中に、「日本人が違和感を覚えるトンデモジャパンにしないようにする」というのがあったが、これは海外の開発会社にしては相当な覚悟を持ったものだという。

 その覚悟を示す要因のひとつとして、サッカーパンチから、ゲーム内容に関する相談を早い段階で受けていたという。具体的には、日本のサウンドチームによる環境音の録音や、一部UIデザインの協力など。また、開発初期に対馬や日本各地への取材旅行にも協力していたそうだ。

▲実際に取材した写真や風景から、ゲーム内のオブジェクトが作成されているそうだ。

 こうしたサッカーパンチからの依頼の中には、ゲーム内に登場する手紙や絵図などの翻訳や確認、ミッション開始時に表示される印象的な文字スタンプの翻訳などがあったという。

 これらの翻訳の際に念頭に置いていた事柄が、目標の②である歴史レッスンではなく、エンターテイメントをつくるという点や、ユーザーの心をエンタメとして動かせるかどうかという志だったそうだ。

▲画像の右側はゲーム内に実際に登場する手紙だが、庶民の書いたもののわりに文字が書けているし、漢字も多い。これは時代考証的には画像左のような形でないと不自然なのだが、現代のプレイヤーが読みやすく理解できるのかどうか、エンタメとして読みたいのかを考慮したときに、現在の形になったそうだ。

 これらのように「ユーザーに理解してもらうこと」を達成できなければ、本物らしさを分かってもらうなど、それ以上のものは伝わらないと語った。

   

マニアを唸らせるのではなく、大衆を感動させる時代劇へ

 次に解説されたのが、ローカライズチームの取り組みについて。ローカライズを進めるにあたって、方針を決めるのが大事であるといい、サッカーパンチの目標を踏襲して決まったローカライズチームの方針は、「感情ファースト」と「感性と分析の両立」だったそうだ。

 「感情ファースト」はそのままの通り、エモさのこと。『Ghost of Tsushima』は登場人物の葛藤や感情が常にわかりやすく現れている感情メインの物語であり、そもそも時代劇とは侍の矜持や人情話といったエモいジャンルだとして、ロジックよりもエモーショナルな面を優先させようという方針になったという。

 坂井氏は時代劇に詳しくなかったため、見て知識を蓄え、時代劇らしい言葉や言い回しを自分の中に落とし込んで素早くアウトプットできる状態にしたという。

 そのために最初に行ったことは『子連れ狼』の原作者である小池一夫氏のワークショップへの参加だったそうだ。その中で坂井氏が印象に残ったのが「昔のことなんて誰も知らないから正解なんてない。面白いことが大切」という事柄。

 とはいえ何をしてもいいというわけではなく、自分の中でぶれない軸を一本立てろという意味だ。何かのマネではなく、自分の時代劇を作ればいいと気づかされたそうだ。

 ほかにも、サッカーパンチが参照した時代劇ドラマや漫画といった作品を吸収することを行った。作品の内容をそのまま落とし込むわけではなく、時代劇らしい言葉や芝居を知りつつ、自分が時代劇を知らなかった点を考慮して、同じく時代劇を知らない人にも伝わるような表現も持つようにしていたという。これらが「感性と分析」における「感性」だ。

 次に「感性と分析」の「分析」の部分。これはひたすら事実を把握することで、当時の風習や社会の仕組みを知り、ローカライズの実務に応用できる枠組みを設定した。こうした分析をすると、感性を肉付けできると語った。

 要するに、たとえ事実と異なっていたとしても、プレイヤーの大体数に感情移入を妨げるほどの違和感がない、エモさが伝わる方を選択する。あくまでエンタメであるため、重視するべきはプレイヤーの心に届くかどうかであるとのことだ。

 つまり『Ghost of Tsushima』の目指すローカライズは、マニアをうならせるような時代劇ではなく、大多数のプレイヤーがなんとなく感じる時代劇っぽさや、エンタメとして多くの人がわかる楽しさ、その最適なバランスを目指すという点にある。

▲例として、ミッション開始時に表示される文字スタンプが挙げられた。当時の漢字を再現したマニアックな文字が出ても、ユーザーの心には刺さりにくいと考え、ぱっと見で意味がわかるような文字、単語を選んだという。

 とはいえ、エンタメだから何をしてもいいというわけではない。明らかに日本人がおかしいと思う点は、開発の了承を得たうえで、ローカライズ側で対処しているそうだ。

▲例えば、主人公・仁の乳母であるゆりの英名はYURIKOだが、一介の乳母に「子」という字が使われるのはおかしいため、ローカライズの際に子をとってゆりになったという。

 どこまでがOKで、どこまでがNGなのかを線引して、開発側の目標を達成するために、ローカライズ側ではどうやってそれを達成するのかを決めれば、作品に統一感が生まれていくと語った。

 こうして方針が決定されたあと、実際にローカライズのチャレンジに必要な、①言葉・②芝居・③テキストをどういったものにするかを考えていく。

 まずは、①言葉の解決。『Ghost of Tsushima』はオープンワールドゲームであり、フィールドを歩いているだけでも人々の会話が耳に入ることがある。これらキャラクターの会話内容に耳を傾け続けるには、あまりにも時代劇に寄りすぎた言葉使いは相性が悪い。

 それでも時代劇感を出す必要があるため、通常の語り口は現代的にしつつ、セリフに使われる言葉ひとつひとつに鎌倉らしい時代劇の言葉を使用するようにしたとのこと。そうすることで、耳で聞いても理解できるし、時代劇らしさも感じられると考えたそうだ。

 その際、参考にしたのは辞書だったという。言葉の初出をできるかぎり中世にしつつ、理解できるかどうかを優先している。しかし解文といった古い言葉も、時代劇を感じられるうえ、文脈と絵があれば理解できると考えたために採用しているという。

 前述した言葉遣いや語り口は、すべてのキャラクターに採用したわけではない。『Ghost of Tsushima』のキャラクターは大きく分けて「武士チーム」と「庶民チーム」に分けられている。

 武士チームは、現代人から見ると共感しにくく異質に見える行動規範を持つため、理解できない存在という部分を強調するために、あえて古い言葉を使用しているという。

 反対に庶民チームはメンタリティが現代よりであるため共感しやすいと考え、あえて現代っぽい言葉使いも使用することにより、武士と庶民の立ち位置の違いを表現したそうだ。

 また、『Ghost of Tsushima』には和歌や伝承の語りのシーンがあるが、ここはあえて古語をふんだんに取り入れられている。これはサッカーパンチの「ユーザーに時代劇のなかに入ったような気分にさせたい」という考えに沿って、英語にはなかった七五調のリズムなどを取り入れ、雰囲気重視の作りにしているとのこと。

 以上の言葉のチャレンジの中で得られた教訓は、なんでもOKというわけではなく、ユーザーの共感を重視してルールを設けるということだそうだ。

 

王道ではなく”泥臭さ”。日本語版ではなく”日本版”を作る意識

 次に、②芝居の解決。通常のローカライズ作品のような洋画風にはできないため、オーディションや実際の収録を通して、少しずつ方向性を決めていく。その中でも、大体の方向性の大筋が決まったのが、登場人物のゆな(声:水野ゆふ氏)や、龍三(声:多田野曜平氏)のオーディションの時だそうだ。

 このふたりは、今っぽくない泥臭さがあったからだという。これは『Ghost of Tsushima』のテーマは「泥・血・鋼」にもマッチしており、王道のかっこよさではなく、人間的な泥臭さを選出の指針にしようとなったと語った。

 続いて、実際にどのような芝居をしてもらうかという部分。英語版は感情を抑えた演技なのだが、そのままでは日本人がイメージする時代劇やエンタメ性が失われてしまうと考え、ローカライズ方針の「感情ファースト」を押し出そうとなったという。

 『Ghost of Tsushima』のストーリーはキャラクターの憎しみや悲しみ、怒りなどの感情が渦巻く内容のため、人間らしい感情はストレートに出したほうがユーザーに届きやすいと考えるのだが、これでは英語版とはかけ離れてしまう。そのため『Ghost of Tsushima』の日本語版ではなく、オリジナルの日本版としてつくるのを意識するようになったそうだ。

 収録する前に役者や音響監督と認識合わせをし、お互いのイメージが重なれば収録がスムーズに進むうえ、思ってもみなかったキャラクターの一面を知られ、キャラクターに厚みが加わったという。

 以上の芝居の解決から得た教訓としては、開発側の目標を達成できるのであれば、大胆なプラン変更アリだということだそうだ。

 

“神は細部に宿る”ことを忘れない

 最後に③テキストの解決。これは前述した「感性と分析」を生かした部分であり、ゲーム全体の雰囲気を損ねない、フレーバーテキストは書き手を考慮する、ミッション名、技名、アイテム名の世界観の3つを主に重視したという。

 例として、ゲーム内で入手できるフレーバーテキストが取り上げられた。これは、書き手の教養レベルに応じて書き方や日本語のたどたどしさを表現しているそうだ。

 上画像の左側の書き手は農民のため、文字を書きなれていないことを表現するため、漢字はできるだけ使用せず、片言にして不自然さを出しているという。これも史実に沿うのであれば、すべてひらがなで濁点も使用しないのだが、プレイヤーが楽しめるかどうかを優先し、あえてこの形にしていると語った。

 一方で、上画像右側の書き手は僧侶であるため、漢字を多用して自然な日本語にしている。ここでも、当時は存在しなかったかっこやカタカナを使っている。

▲主人公の防具の染め(スキン)の名前なども、一部原案を無視して全体の統一感を出すようにしているそうだ。

 ほかの例として挙げられたのが、ミッション名。これは原文のままではシンプルすぎたり、英語の慣用句をもじったものが多かったため、ミッションの内容や中心になる人物に焦点を当てて、日本語版の名前に変更しているとのこと。

 テキストから得られた教訓は、神は細部に宿ることを忘れないという部分だ。細かいテキストでも、ローカライズ方針として軸を決めて入れば統一性が生まれるうえ、プレイヤーが没入できるそうだ。

 ローカライズにて何よりも大事なのは、開発側がどのようなゴールを持っているのかを知ることと、それを達成するためにローカライズ側は何をすべきか、方法を考えて実現させること。このふたつを守れば、質の高いローカライズが実現できると語った。

 

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寺村 一也(Kazuya Teramura)
寺村 一也(Kazuya Teramura)
ライター。ゲームに関連した書籍・WEBメディアで記事を執筆する傍ら、ゲーム実況・VTuber文化にも精通。幼少期からゲームを遊ぶ時間に制限があったものの、説明書や攻略本など関連書籍を読み漁りゲームの魅力に触れていく。その経験からプレイ以外の「観て楽しむ」という実況文化を学ぶようになる。

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