2021年8月24日(火)から26日(木)までの3日間、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス「CEDEC2021」(CEDEC=セデック:Computer Entertainment Developers Conference 主催:一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会、略称CESA)が開催。昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染拡大を防止する観点から本年もオンラインで開催された。
本稿では、8月25日(水)に実施された講演「Is Worldwide Competitive Game Development possible in Japan?/日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」の模様をレポートしていく。
【講演者】
日本の世界的ヒットを阻む要因は
「時間」「責任」「モチベーション」の3つ
今回の講演のタイトル名は「日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」という、なかなか挑戦的なもの。講演自体も、日本人にとって辛辣な内容となっていたが、ハンサリ氏は冒頭で、日本のゲーム開発を批判する目的があるわけではなく、ポイントを簡潔に伝えるために、“過度に一般化”していることを繰り返し強調していたことを、まずここに書き記しておこう。
日本での生活を始め、15年以上というハンサリ氏。普段プレイするのも日本のゲームだったと言うが、最近になって、ふと「日本の革新的なゲームに感動したのはいつだっただろうか」と疑問を抱いてしまったという。
2020年7月にリリースされ、累計販売本数は650万を記録した『ゴーストオブツシマ』(PS4)は、長崎県・対馬を舞台としていながら、開発は日本のチームではない(開発はアメリカのSucker Punch Productions)。同年9月にリリースされた『原神』(PS4/PS5/PC/モバイル他)は、上半期の売り上げを米国で約1億7,400万ドル(約191億円)を記録。
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同作は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の影響を強く受けており、日本のアニメテイストで、日本の声優を起用していながらも、これまた開発は日本のチームではない(開発は中国のmiHoYo)。
「自らの文化を独り占めできていないようでは、(日本の)将来はとても心配だ」と危機感を抱いたハンサリ氏は、日本のデベロッパーが世界的に成功することを阻む要因が何か気になったという。ゲーム業界の関係者に聞き取りを行いながら、時間・責任・モチベーションの三つの軸に焦点を当てて考察を深めていったそうだ。
まずは、日本は時間の捉え方が特殊だという点。特定の事柄を完成させるために必要な時間を交渉するのではなく、“どれだけの時間をかけていいのか”を尋ねる傾向が、日本にあるという。
つまりは、時間は貴重な資産だとは見なされておらず、安価なコモディティのような扱いを受けているというのだ。ハンサリ氏はさらに「最先端のツールではなく、安価で非効率でツールを長時間使う傾向がある」とし、もっとツールに費用をかけるべきだと続ける。
また、日本にとって責任という概念は特徴的であり、「問題が発生してもチームメイトを非難しない」ことが習慣になっていると、ハンサリ氏は指摘。責任の境界線が非常に曖昧であり、責任がポジション・立場に付随していることについて、文化の違いを感じるという。
欧米では責任は柔軟性や意思決定と結びつけられており、自分の裁量内で責任を負うような仕組みになっているそうだ。その一方で日本では、「責任は役職に伴って発生している」とチクリ。「日本は実際の成果よりも、一生懸命働くとことが評価されることが多い」と続けた。
ハンサリ氏はさらに「日本のゲーム業界で働く人の大半は、キャリアの成果よりも情熱の実現を主な目的としている」とし、ゲーム内での個人的な成果よりも、チームへの貢献にモチベーションを感じていると指摘。プロとしての能力よりも、アーティスティックな表現を重視する傾向があり、個人の誇りよりもチームの評価を重視していると話した。
「マネジメント」「キャリア」「競争力」の3つがゲーム開発者の足枷に
続いてハンサリ氏は、日本のゲーム開発者の足を引っ張っていると思われる要因について、マネジメント・キャリア・競争力の3つを挙げた。
■マネジメント
ハンサリ氏はまず、“健全な”ゲームプロジェクトライフサイクルの一例を挙げる。下の図を交えながら、プロトタイプ決定後の企画を作成する際に、ゲームのビジョンや機能を全に書き出していくといった流れを紹介。
リスクやコスト分析を行い、“ゲームが本当に生産する価値はあるのか”を確認後、アルファ版を作成。バグのない状態でリリースするためにベータ版でのデバッキングを行い、最終的に承認を経て、ようやくリリースを迎えることになる。
続いて、ハンサリ氏は、日本で経験したという“あまり健全ではない”プロジェクトのライフサイクルを紹介。プロジェクトは通常、ビジュアルに焦点を当てたプロトタイプに取り組んでいく。しかし、話題性を高めるために、最初のプレイアブル版にはできる限り多くの機能を盛り込み、多くのビジュアル、トレーラーを用意していくことがほとんどだという。
プロジェクトを進めていく中で、生産上の課題を解決するため、生産のスケーラビリティ予測に大きな影響を与えることがよく起こるそうだ。そのため、アルファ版を設定するスケジュールがタイトになり、機能を減らさざるを得ず、削減に応じた新しいトレーラーを作らなければならないといったピンチが続いてしまう。
プロジェクトは遅れに遅れてしまうものの、巨額の資金を投入してしまっているため、リリースは逃れられない……。プロジェクトの事後分析も特に行われていないことから、「同じ過ちが繰り返され、時間が経ってもプロセスが改善されることはない」とハンサリ氏は警鐘を鳴らす。
■キャリア
ゲーム開発はエンジニアリング・AI・アート・エフェクト・アニメーションなど幅広い領域の専門知識が必要にも関わらず、「日本では仕事をしながらの学習が求められている」と、ハンサリ氏は言う。スタッフがキャリアを伸ばすチャンスを掴むためにも、会社は「継続学習のための訓練プログラムを用意するべきだ」と考えを述べた。
ゲームプログラマーの平均年収をアメリカ、イギリスと比べてみると、日本の給与がいかに低いかが分かる。ハンサリ氏は「(給与の低さが原因で)ゲーム業界は毎年優秀な人材を失っている。この業界はもっと高い給料を払えるはず」だと続けた。
■競争力
研究開発予算について、日本とそれ以外の国のゲームデベロッパー及びパブリッシャーはほぼ同額を研究に投資しているが、日本では開発が行われない傾向が強いそうだ。技術支援に関心が示されていない結果、見栄えの良いデモが製作される一方で、その技術が実際のゲームの形になることがほぼ無い状況に陥っていると、ハンサリ氏は話す。
さらに、ハンサリ氏は「日本のゲーム業界は内向き」だとし、日本人しかいない文化的環境でばかり仕事をしてきたために、(日本人同士の)共通の常識が出来上がっており、創造性やイノベーションの面で制約になっていると続ける。
また、ほとんどの日本のゲームデベロッパーはリスクやコスト分析に関して厳密なプロセスやコンプライアンスを持っておらず、リスクが高いが革新的なプロジェクトとより安全なプロジェクトとのバランスが取れた投資ポートフォリオが無いと、ハンサリ氏は見ている。
「バランスの取れたポートフォリオがあれば、クリエイティブなビジョンや、技術革新、ビジネス目標の達成やインセンティブとなるはずだ」と力説した。
日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は、可能
最後に、ハンサリ氏は、講演のテーマである「日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発が可能か」という問いに対し、「YES」と回答。日本には他に類を見ない創造性があるとしたうえで、世界に対抗するためには、いくつかの問題点を意識する必要があると続ける。
まずは、責任の所在について。プロジェクトごとにリーダーチームを作り、そしてリードエンジニア、アート、デザインの長、3人で責任の所在を明確にすること。
作品の量産を行うのは、「生産上の問題が全て解決され、様々なプロセスに拡張性があることを示してからにすべきだ」と続ける。失敗のための時間、バッファを常に用意しておき、オペレーションスタッフのための仕様書・スペックをいち早く作るべきだと話す。
キャリアに関しては、「継続的なトレーニングを積極的に行うスケジューリングする必要がある」と強調。会社としては社員が常に向上心をもって学んでいるかどうかを確認が重要で、ゲーム開発に必要なプロのスキルを教えてくれる正式な教育カリキュラムや大学のプログラムが必要だと続ける。
グローバルな競争に勝つためには、あらゆるものをコントロールする必要があるとし、「起業にはリスクはあるが、革新的なプロジェクトと安全なプロジェクトの2つのバランスが取れたポートフォリオを持つべきだ」とまとめた。
ハンサリ氏がCEOを務めるゲーム開発スタジオ「Wizcorp」では、コアエンジニアリングからプロトタイピング、コーティング、統合、ゲームのフル開発に至るまでのサービスを手掛けている。興味のある方は、下記サイトより問い合わせてみてはいかがだろうか。