2021年8月24日(火)から26日(木)までの3日間、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス「CEDEC2021」(CEDEC=セデック:Computer Entertainment Developers Conference 主催:一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会、略称CESA)が開催。昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染拡大を防止する観点から本年もオンラインで開催された。
本稿では、8月24日(火)に開催されたセッション「日本から海外へ、リモートで行うコミュニティマネジメント」の模様をレポートしていく。
【講演者】
フルリモート体制で臨む新しいコミュニティマネジメント
本講演では、WFSのコミュニティマネジメントの実例を紹介しながら、海外支社を設立せずに本社から海外プロモーションを展開する手法について解説された。現在海外展開をしている、もしくは海外事業を強化したいと考えているゲーム会社及びパブリッシャーに向けられた内容となっている。
現在、WFSは『アナザーエデン 時空を超える猫(以下、アナザーエデン)』と『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~メモリア・フレーゼ~(以下、ダンメモ)』の2タイトルにおいて、世界100か国以上で運営をしながら、現地でのコミュニティマネジメントを行っている。
海外へのパブリッシングを実施するにあたり、WFSは海外プロモーションを統括するチームを社内で結成。チームメンバー全員が東京の本社に在籍し、本社内で日々の業務にあたっている。
講演では、海外プロモーションを社内のチームで行うことで生まれるメリット、チームを編成するうえで必要な人材、注意すべき点について解説してくれた。
WFS内で結成されたコミュニティチームの構成は、チームマネージャーの吉崎氏の下に、各言語を担当するコミュニティマネージャーが1名ずつ付くという形になっている。
現在、特に力を入れているのは英語、繁体字中国語、韓国語の3言語で専門のコミュニティマネージャーが付き、それぞれがSNSコミュニティの管理を担当している。投稿の翻訳や、現地文化を踏まえたカルチャライズに加えて、ユーザーコミュニティのモニタリングも行なう。
海外の制作会社とは完全にリモートでやり取りしているうえに、コロナウイルスの影響を受け、社内もリモートワークに移行しているため、社内から社外に至るまですべてのやり取りがリモート化されたビジネススタイルとなった。
社内で海外展開を行う際のメリット・デメリット
ゲーム会社で海外展開を検討するとなると、海外に支社を設立する、他者のパブリッシャーといった選択肢が一般的である。しかし、WFSでは社内にパブリッシングチームを設置するのがベストだったと吉崎氏は言う。
これまでの実績も踏まえつつ、社内でパブリッシングチームを抱えた方がいい理由として、ふたつ挙げられた。
ひとつ目が、開発関係者との連携のしやすさだ。間に他者や人を挟まなくて良くなる分、レスポンスがよくなる。開発関係者間の連絡が早くなることで、ユーザーへの還元に使えるリソースを増やせる。
そして、ふたつ目がノウハウの蓄積だ。パブリッシングは、1タイトルを海外に出せば終わりではなく、他の地域への展開や、新しいタイトルの海外展開など、先々を考える必要がある。そのとき、社内チームで蓄積してきたノウハウが活かせるため、将来的なリターンが大きいとのこと。
もちろん、チームを立ち上げるとなれば、新たに人を雇うことになり、コストはかかるし、リスクも発生する。そうしたデメリットを考慮したうえで、ノウハウを蓄えることのメリットには、デメリットを打ち消せるだけの価値があると吉崎氏は主張した。
次にデメリットとして考えられるのは、現地のメディアや取引先との連携の遅さ。しかし、ただでさえ物理的に会う機会が減っている現在は、オンラインでやり取りができれば大きな不都合は生まれない。コロナ禍以前も取引を始める段階で海外出張をした以降は、オンラインで進めていた。これについて吉崎氏は、海外企業はオンラインに慣れているため、オンラインだけでやり取りすることに抵抗がないからだとしている。
一番の懸念は、現地の業界トレンドやユーザー文化の把握にある。これは、現地にコミュニティマネージャーを置くケースよりはどうしても劣ってしまう。この点で後れを取らないためには、現地の情報を意識的にキャッチアップし、定例会や勉強会を通して共有してくことと、コミュニティマネージャーが地域のニュースを持ち寄ってもらいディスカッションすることを、吉崎氏は推奨した。
以上の見解から、WFSでは社内パブリッシングチームがベストであるという判断に至っている。
コミュニティマネージャーに必要なスキルは“傾聴力”
新たに人材を採用する際、コミュニティマネージャーはまだ日本では一般的ではないことから、コミュニティマネージャーの経験は重視しない。ゲーム会社での通訳や翻訳の経験者、プランナー経験、SNS運用経験があると望ましい。
そうした経歴よりは、担当する地域の言語レベルがネイティブかつ、日本語がビジネスレベルであること。それでいて、担当地域の文化やユーザー心理に理解があるかどうかを見るべきだと吉崎氏は言う。
SNSやインターネット文化への親しみがある点も重要だ。ゲームユーザー、インターネットユーザーでもあり、SNSユーザーでもあるため、そこで生まれるミームを理解できないと、真にユーザーに寄り添えない。
そして、吉崎氏が何よりも重要視しているのは、“傾聴力”だという。コミュニティマネージャーはユーザーの声に接することになるが、そうするとネガティブな意見も目にしやすい。ユーザーには運営の都合や思惑は見えないため、難しい改善案も出してくる。
しかし、現場は現場で事業の都合や、チーム工数の確保、クオリティ担保などといった様々な要因が絡み合い、ユーザーの要望とマッチしないという声が上がってくる。こうした不一致が発生した際に、あくまで中立として間に入り、双方の意見に傾聴できる力がコミュニティマネージャーにとって重要だという。
このとき、双方の意見に板挟みになることで、コミュニティマネージャーは心身ともに疲労することは考慮すべきであり、上長は問題解決のサポートだけでなく、メンタル面にも気を配るべきであると添えている。
海外のコミュニティマネジメントは相互交流の重要性が高まる
海外へのプロモーションで運用していたSNSの具体例は、Facebook、Twitter、NAVER café、Instagramの4つ。アカウント数は、ゲーム2タイトル合わせて12個を使用しており、フォロワーの総計は40万を超える。コメントや書き込みといったリアクションは、1日に250件前後が送られてくるそうだ。
この他にも、非公式のコミュニティチェックにも力を入れているとのこと。Discord、Reddit、巴哈姆特(バハムート)、DC Insideといったアプリやメディアにおけるユーザーの動向を吸い上げてレポート化し、カスタマーサービス、マーケティング、ローカライズの部門と共有している。
SNSの運用方法の内容は、投稿だけにはとどまらず、ユーザーコメントの観測、管理、リアクションまで行う。
開発チーム全体に現地ユーザーの反応や熱量が伝わりにくいことが、海外展開におけるボトルネックとなりやすいため、コミュニティマネージャーが現地とプロダクトの懸け橋として機能するのが理想的とのことだ。
チェックするコミュニティの数も多く、なかなかの労力がかかる。そこまでの工数を積み上げてコミュニティに向き合うのはなぜなのか。吉崎氏はこの疑問に対して、コミュニティ運用を通して熱心なユーザーにリーチできるからであると答えた。
SNSをフォローしているユーザーは課金額や課金率が高く、ログイン日数も多い。つまり、最も応援してくれるユーザーはSNSもチェックするということだ。
実際に運用するにあたっては、日本と同じ内容を翻訳して送信するだけでは効果がないことについても吉崎氏は言及している。これは、海外と日本ではSNSのとらえ方が違っていることに起因するとのこと。
日本国内では、TwitterやLINEを中心に、最新情報を集めるツールという使い方が多い。それに対して海外は、情報の取得という点も重視するが、それ以上に相互交流を求める傾向にあるようだ。
これはゲーム会社に限った話ではなく、ファストフードや航空会社でもユーザーとの交流をするケースが一般的である。ユーザーもそれを当たり前だと思っているため、海外向けのSNS運用は、告知だけでは運営をサボっているように見られがちだ。
コンテンツのカルチャライズという観点については、『ダンメモ』の公式アカウントでの投稿を例にあげた。
アメリカで俳優としても活躍しているシンガーソングライターのドリー・パートン氏が、それぞれのSNSで使っているプロフィール画像をまとめたものを投稿。これをテンプレートにして遊ぶ”ドリー・パートンチャレンジ”というミームが海外で生まれていた。
『ダンメモ』でも、このミームに乗っかり、テンプレートにのっとったヘスティアの画像を投稿した。これが大きな反響を得たことで、海外ユーザーが盛り上がったと言う。
ただし、こうしたミームは廃れるのも早く、いち早く情報をキャッチし、タイムリーな投稿をできるかが重要になる。タイムリーな投稿を実現するためには、版元と密接に連絡をとっていることが重要だと吉崎氏は言ったが、それに加えて社内チームであるが故のレスポンスの早さも要因のひとつだろう。
相互交流でまず実践すべきポイントとして、ユーザーからのコメントになるべく反応をすることを挙げた。韓国のユーザーコミュニティで、とあるコアユーザーが『アナザーエデン』のファンサイトをポートフォリオに就職できたことを報告してくれた。これに対して公式アカウントから祝福のメッセージを送ったことを例として挙げている。
もちろん、コメントの内容はポジティブではなく、ネガティブなものもある。それでも、なるべく多くのコメントに対して返信をする。そのために、カスタマーサービスと足並みを揃えることも忘れてはいけない。
地道な内容ではあるし、100%返信するのは難しい。それでも、返信したメッセージは他のユーザーの目にも触れることになり、プロモーションとしての効果は得られるとまとめた。
その後、SNS以外のプロモーションとして、動画コンテンツの例も挙げた。台湾の生放送では、新情報の公開だけではなく、知名度のあるコアユーザーを招待し、攻略情報について語ったり、クイズ企画に参加してもらっている。
韓国では、日本語で収録した動画を放送しながら、海外プロデューサーがSNSを通してユーザーの質問に答えるなど、様々な方法でユーザーとの交流を図っている。
ネガティブな要素の解決には横の連携で挑む
海外展開をするとなると、海外ならではの問題にも直面することについても言及している。具体的なケースとして挙げられたのは、文化歴史による課題、アセット解析のリーク、外部ツールや業者の3点。
これらの問題で共通しているのは、早期の検知と対応ができればユーザーの信頼を得られるが、コミュニティチームやマーケティングチームだけでの解決が難しい点だ。こうした問題の解決には、社内フローの点検や、エンジニアとの連携が必要になる。
コミュニティマネージャーが、問題を素早くキャッチアップして緊急アラートをあげ、それに対して関連部署が温度感を把握して対応できるような環境づくりを心掛ける。コミュニティチームを立ち上げるだけで終わりではなく、横の連携を強固にするために信頼関係を構築することの重要性を吉崎氏は訴えている。
コミュニティマネジメントでWFSの名前は世界に浸透した
コミュニティの施策は、成果を定量化しづらいのも悩みの種だ。しかし、過去のアンケート結果では、回答者の半分以上が知人にタイトルに薦められゲームをプレイするようになったと回答している。12%が第三者の口コミでアプリをインストールしていることがわかっている。
このことからも、コミュニティマネジメントを通して、確実にユーザーが増えていることが推察できる。WFSが海外展開を始めた際に、WFSというパブリッシャーの知名度は0だった。そこからユーザーの信頼を築き上げることにコミュニティマネージャーは貢献してきたのだ。
自社で海外コミュニティ運営をすることで、タイムリーでスピード感のあるコミュニティマネジメントが可能になり、カルチャライズの重要性や課題についてのノウハウも蓄積された。フルリモートでのコミュニティマネジメントを実現したことで、無名会社だったWFSが、100か国以上のユーザーに信頼を勝ち取ったのだ。