『ウマ娘』映像でも静止画でも美しいウイニングライブ制作事例。カットごとに調整を加えるこだわりの手法

 2021年11月13日(土)から14日(日)までの2日間、Cygames単独の技術カンファレンス「Cygames Tech Conference」が行われた。カンファレンスはCygames公式YouTubeチャンネルでLive配信され、後日アーカイブ化も予定されている。

 本稿では、11月14日(日)に実施されたセッション「ウマ娘 プリティーダービーにおけるウイニングライブ制作事例~ライブ開発チームの体制や制作フローについて~」をレポートする。

【講演者】

齋藤 歌織 氏
デザイナー部 3DCGアーティストチーム 3DCGリードカットシーンアーティスト

ゲーム開発会社で、コンシューマーゲームなどのライブ系カットシーンを担当。2017年に株式会社Cygamesへ入社し、スマートフォンゲームの開発・運用を経験。2019年から『ウマ娘 プリティーダービー』に合流し、ライブパートのリードとしてカットシーン制作や監修を担当している。

 

 

 

育成したウマ娘が輝く「ウイニングライブ」

 本セッションでは、『ウマ娘 プリティーダービー』のウイニングライブについて、ライブのプランニングや演出、映像の作成を担当しているライブ開発チームの構成や制作フローが紹介された。

 前提として、ウイニングライブとは、作中の世界においてレースに出走したウマ娘たちが披露するライブパフォーマンスのこと。レースで一番を勝ち取ることで、センターの権利を得られる。

▲公式チャンネル「ぱかチューブっ!」より。セッションはこのハーフアニバーサリー楽曲「Never Looking Back」を事例として紹介しながら進行。

 

 この「ウイニングライブ」は、ウマ娘とファンが喜びを分かち合い、かつ応援に対して感謝を示すことを目的とした場であることから、現実世界の競馬におけるウイニングランのような役割を果たす。ゲームとしては、育成したウマ娘が輝いている姿を魅せることで、「育成の達成感」や「ウマ娘への愛情」を感じてもらうことが狙いとなっている。

 そんな「ウイニングライブ」を制作するライブ開発チームは「最高のライブ映像の提供」をミッションに掲げ、セクション混合のチームで構成されている。

 齋藤氏曰く、プランナーやアーティストなどのセクション単位で区切る縦割りの形式では、自分のセクション以外への意見が難しくなり、関心も薄れてしまう課題があったという。

 そこで機能やコンテンツごとにさまざまなセクションのスタッフを迎え、クオリティアップを目指すミッションを設定したチームを組成。そうすることで、コンセプト段階から完成まで、それぞれの立場から意見が出しやすい環境を構築したそうだ。

 齋藤氏は「カットシーンアーティスト」としてライブ開発チームに参加。ウイニングライブを構成するダンスモーションや背景等の各データをまとめあげ、最高のライブ映像として完成させることが役割となる。

 カットシーンアーティストは楽曲1曲につき、映像の構成からポストエフェクトまでをすべてひとりのスタッフが担当するのだとか。些か大変なようにも思えるが、カット毎に細かく調整する要素が多く、担当者が多いとやり取りに時間が掛かってしまうため、スピード感を重視してこの形が採られているという。また、担当者をひとりにすることで映像のコンセプトにズレがなく、統一感のある映像に仕上げられるというメリットも挙げられた。

▲カットシーンの作成は制作フロー上、ライブをまとめ上げる最終工程となっている。背景やモーションなど、完成したアセットをまとめる役割のため、初期段階から各工程で作成に関わり、データのチェックも行う必要がある。

 

ウイニングライブができるまで

 ここからは、カットシーンアーティストを軸に、実際のライブ制作フローに沿って紹介。各工程で齋藤氏のセクションが関わる部分にフォーカスした説明が行われた。なお前述の通り、「Never Looking Back」が事例となる。

 

●コンセプト立案・発注

 まず、背景やダンス、演出の方向性などライブ全体のコンセプトを立案する。「Never Looking Back」のコンセプトは“「雨」をテーマに光と空気感の表現にこだわり、ウマ娘たちの「決して諦めない芯の強さ」を魅せる!”というもの。

▲大きなコンセプトをより具体的な要素として落とし込んだものの一部。これらをもとに必要となるアセットや機能などを確認していき、アーティスト・エンジニアの作業へと繋げていく。

      

●2Dコンセプトアート

 2Dコンセプトアートは制作にあたり、まず2D背景アーティストとプランナーが検討し、要素やイメージを固めたうえでライティングやステージの構成を具体的なビジュアルに落とし込んでいく。ビジュアルが定まったら、3D背景アーティストやモーションアーティストなどの各担当者がそれぞれの視点からチェックを行う。

▲2D背景アーティストによるコンセプトアートと、完成映像のスクリーンショット。コンセプトアートにはデザインを固めるだけでなく、開発チーム全体が目指す画のイメージを共有する役割がある。

 カットシーンアーティストはここで、ライトの印象やステージの構造をチェックし、映像にする際の見栄えを確認しているそうだ。

    

●3D背景仮モデル

 3D背景の仮モデルを作成し、スケール感や見栄えを確認していくフロー。3D背景アーティストがざっくりと機材を配置していくことで、モーションキャプチャー収録の際に重要となるステージ上の広さや階段の高さ・段数など必要な情報を確定させていく。ここでの内容がCygamesのモーションキャプチャースタジオに共有されるようだ。

 カットシーンアーティストは、モーションアーティストと共に3D背景仮モデル上にキャラクターを立たせ、カメラを通した見栄えを確認したうえで、ステージ構造や必要な機材について要望を上げていく。

   

●モーション収録

 ダンス振り付けの発注、およびモーションキャプチャーの収録を行う。社内のモーションキャプチャースタジオで、ダンスのフォーメーションや移動幅を確認しながら収録を進めていく。収録には各セクションの担当者が同席し、振付師・アクターへ細かい調整をお願いしているとのこと。リハーサルのタイミングでは、より具体的なキャラ性の出し方や、映像にした際の見栄えを想定した相談も行っている。

▲ダンスに関して、楽曲とキャラクターに合わせて入れたい要素を振付師に伝えたうえで、基本的な動きはお任せしているそうだ。

   

 これらの工程を終えると、「3D背景作成」「モーション作成」「カットシーン作成」が並行して進行していく。

   

●カットシーン制作

 ここからは、齋藤氏の担当であるカットシーン作成にフォーカスした内容となった。スライド画像と共に、カットシーン制作の流れを解説。

   

開始
▲モーション収録を終え、仮の3D背景と共にカットシーン作成に必要なアセットがそろった状態。
ライティング
▲コンセプトアートに沿ってライトを追加した状態。
プリビズ
▲プリビズ(プリビジュアライゼーション)とは、完成形を想像できるような仮映像のことを指す。カメラのアングルやレイアウントが作成し、映像を構成する。プリビズまで進んだ段階で3D背景アーティスト・モーションアーティストに共有し、作り込む部分を相談する。
作り込み~完成
▲完成までカット・背景・モーション作り込む段階。カットシーンアーティストが都度進捗を共有し、ダンスの動きやポーズ、機材の配置、質感などのライブを構成する要素ひとつひとつについて話し合う。また、各アセットのクオリティだけでなく、カメラに合わせた機材位置や、腕・顔の角度の微調整など、ライブ映像としての最終的な作り込みを行う。

    

 以上が、制作フローとなる。映像が出来上がるまでで4ヶ月の時間を要するが、サウンドの調整、デバックを含めると約6ヶ月が制作期間となる。楽曲の実装に向けて、半年以上前から制作がスタートしているようだ。

 なお、楽曲に登場する人数にはソロ~18人と幅があり、かかる工数も変わってくるため、実作業に入る前に検証期間を設ける場合もあるという。かかる工数に対して、柔軟な調整も重要だといえそうだ。

   

カットごとにこだわりの調整

 ここで、齋藤氏の担当であるカットシーンに関して深堀りした内容も紹介された。

 改めての説明になるが、カットシーンアーティストの役割は、ウイニングライブを構成するアセット(ダンスモーションや背景等)の各データをまとめて、最高のライブ映像として完成させること。それを踏まえ、齋藤氏は「カットシーンのコンセプトを軸に映像を構成することが守るべきこと」だと語る。

 というのも、ライブのカットシーンセクションにはライブ映像におけるコンセプトとは別に、大きくふたつのコンセプトが設定されているという。ひとつは「楽曲のコンセプトが伝わる映像」、もうひとつは「映像としても静止画としても美しく!」だ。

▲「コンセプトは普通かもしれませんが、このふたつを守ってクオリティを高めていくことで、『ウマ娘』ならではの映像が作られていきます」と齋藤氏。

 前者については、曲に合わせた映像の構成、ダンスの印象、ウマ娘の表情など、さまざまな要素で楽曲のコンセプトを伝えることを大事にしている。

 後者に関しては、「どこで止めても美しい」と思ってもらえるウイニングライブであるよう、映像でも、静止画の状態でも美しいことにこだわっているそうだ。

 ウイニングライブと言えば、推しのウマ娘が躍る姿をスクショするのが醍醐味のひとつ。メーカー側としても、各種媒体に素材を用意する際に静止画で通用するクオリティに仕上げておけば、スムーズに手配を進められるというメリットがあるという。たしかに、スライドに使用されている画像も非常に雰囲気のあるカットになっている。

 先ほど紹介した「モーション収録」「カットシーン作成」から、コンセプトを担保するための取り組み例を一部取り上げる。

 モーション収録時点では振り付けはもちろんのこと、カメラの構成をイメージしながら、見せ場になりそうな部分の動きを細かくアクターに指示だしをしているという。

 例えば、アップで表情を見せたいカットに関しては、体の動き(上下の動き)を控えめに、逆に頭の動きは歌詞に合わせて大きくつけることで、表情の印象を強めている。また、手の動きが特徴的なダンスは、顔と一緒にカメラに入るよう調整。

 上記動画は「Never Looking Back」最後(0:38~)の、手の動きが分かるカット。

 一方、全身や全景を見せたいカットでは、大きく体を動かすダイナミックなモーションに仕上がっている。火柱など、エフェクトと一緒に収めることでよりカッコいい画にすることができる。

 こちらの動画は、「BLAZE」中盤(0:16~)の火柱と共に全景が映るカット。

  

 そして、カットごとの細かい調整についても紹介。カットごとに画面内の情報を取捨選択し、そのカットで見せたいものが明確に伝わる画面作りを行う。カットが多い楽曲も多く、ひとつひとつ調整するのは非常に大変だが、齋藤氏曰く「美しいライブ映像を作るためには欠かせない」作業となる。

 ひとつ目の例は「涙ひかって明日になれ!」の冒頭、賑やかなイントロから一転して凛としたソロパートに入る部分。このカットは本来、他のウマ娘やサイリウムが見えているアングルなのだが、ソロパートの歌声と歌っているウマ娘の表情、仕草を際立たせるために、なるべくシンプルなレイアウトに整えられている。

    

 ふたつ目の例は、「Never Looking Back」の歌い出しのカット。画角やアングルによっては、調整前のようにウマ娘の立ち位置が重なってしまったり、機材が被ってしまったりする。このカットでは立ち姿の美しさを見せつつ、ステージ上の人数感がわかるような調整が施されている。

▲フォーメーションと機材の位置が調整され、人数感がわかるようになっている。

   

 また、フェイシャルの見栄えについてもカットごとに調整。3Dモデルでは、角度によってはどうしても不自然な見た目になってしまうことがあるため、より自然かつイラスト的な見た目になるように修正を加えている。カメラ位置が遠い場合、口を通常よりも大きく描写して、視認性をあげているなど、調整の幅は多岐に渡るようだ。

▲比べてよく観ると、口の位置が調整されているのがわかる。ほかにも、眉やアゴなども調整することがあるという。

  

 次に、手などのパース調整について。手の印象を強めるためにパースなども調整できるようになっており、よりダイナミックな構図にすることが可能になる。こういった細かな調整によって、どこで切り取っても美しい、イラスト的な表現を実現しているようだ。

▲コミックなどの表現にも多い、いわゆる“嘘パース”だろうか。調整前と比べて、手の印象が強くなっている。

   

 ここまでの要素を踏まえて、「Never Looking Back」のラストカット事例を紹介。

 「Never Looking Back」のラストカットで表現したかったことは、以下の3つ。これらを前提に、完成までの流れをまとめていく。

  • ハーフアニバーサリー記念曲なので、楽曲を象徴するラストカットにしたい
  • ラストカットはバックダンサー含めて全員映したい
  • さまざまな媒体でも使いたいので、静止画でも綺麗に見えるようにしたい

  

①アングルとレイアウトの決定
▲正面から映したアングル。これでは、背景のみどころである「濡れた地面にライトの光が反射している」状態があまり感じられない。
▲そこで、全員が映りつつ地面が見える斜め上からの俯瞰を選択。しかし、このままでは立ち位置にまとまりがなく、ばらついた印象になってしまっている。
▲そのため、ウマ娘の立ち位置も調整。フォーメーションは変えず、ウマ娘同士の間隔を詰めるように中心に集めている。さらに、メインの3人が目立つように隣り合わせている。なお立ち位置については、ステージの全体を見せるときは広げて配置し、今回のようなカットではキュッと集めるなど、ここでもカットごとの調整がなされている。

    

②ライティング設定
▲手前の3人を目立たせるため、左上から強めのスポットライトを当て、コントラストを強めにすることで存在感を出している。逆に、バックダンサーはステージ奥の光源のみにすることで逆光にし、抑え目にしている。この状態だと、バックダンサーがあまりにも目立たない。
▲バックダンサーが暗くなりすぎて地面と同化するのを避けるため、ふくらはぎの方向からリムライトを出して、シルエットが立つように調整を行う。

    

③フェイシャル設定
▲最初の状態では、目線がバラバラになっている。
▲目線をカメラ方向に設定。スペシャルウィーク(画像中央)は片方の口角を上げることで、不敵な笑みを表現。
▲また、汗の表現も追加。
▲フェイシャル設定後の全体画面。

    

ライト・ポストエフェクト調整
▲ライト・ポストエフェクト調整を行った画面。ライトの演出でかなり印象が変わっているのが分かる。この調整については、次のスライドで細部に分けて説明する。
▲画面奥、赤いマーカーの部分では光を強調し、逆光を印象的に見せている。
▲手前のメイン3人には、左上からの光がフワっと乗るように調整し、存在感をより強調。
▲画面下半分は影部分としてより締まった印象に。
▲改めて全体画面。地面が濡れているため、湿度が高い印象に調整。光が拡散されたやわらかなイメージが採用されている。もちろんこうしたエフェクト追加による雰囲気作りの方向性も、楽曲によって変わってくる。

   

⑤エフェクトを追加し、空気感を作り込む(完成)
▲スモークのエフェクトを配置し、空気感をより強調。ここで映像全体を色調を鮮やかな青になるように調整し、完成となる。

   

【完成図】

 完成した映像は、ゲーム内で確認してみてほしい。

 最後、齋藤氏がまとめとして「今回紹介したように、細部にわたる演出を丁寧に作り続けることが大切です。泥臭くもありますが、美しい映像を作るために、そして何よりもウマ娘たちへの愛着を持ってもらえるように、こだわりと愛情をもって制作しています。」と締めくくり、セッションは終了となった。

▲齋藤氏は今回中心に説明したカットシーン以外にも「プランナーが立てるコンセプトの明瞭さ、キャラ・背景・モーションなどのアセットのクオリティ、調整しやすいデータ構造、カットシーン作成用ツールの優秀さなども欠かせない要素」だと捕捉。

     

 以上、楽曲やキャラクターを最大限に生かし、美しいライブ映像を作る為の手法がわかるセッションとなった。

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森口 拓海(Takumi Moriguchi)
森口 拓海(Takumi Moriguchi)
雑誌やWEBメディアを中心に記事を執筆。ゲームは雑食で多様なジャンルを好み、業務の延長でアプリ分析も得意。恩のあるゲーム業界に貢献すべく日々情報を発信。

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