2022年1月28日、DeNAによるゲーム開発者向けの勉強会「Game Developers Meeting」がオンラインで開催された。同勉強会は2016年に始まり、今回で55回目となる。
登壇者はUbisoft Osakaでスタジオマネージャー兼テクニカルディレクターを務める小保田宏幸(こぼた ひろゆき)氏。シリコンバレーでエンジニアとして約15年間キャリアを重ね、海外での様々な開発を経験した人物だ。
今回のセミナーでは、小保田氏のファシリテーションの下、Ubisoftでも使われているゲームデザインメソッド「Rational Game Design」のワークショップが行われた。オンラインで参加者同士が課題に取り組むという形式はGame Developers Meetingでは初となる。ゲーム開発に欠かせないコラボレーションを実践的に学ぶことができる、非常に画期的なセミナーとなった。
『R6S』でRational Game Designを理解する
『レインボーシックスシージ(Tom Clancy`s Rainbow Six Siege)』はUbisoftの代表作のひとつだ。2015年に発売され、2022年2月にはグローバルでプレイヤー数が8,000万人を突破し、現在に至るまでその人気は全く衰えていない。
eスポーツタイトルとしても知られ、日本人選手も多く活躍している。セミナーのワークショップでは、この『レインボーシックスシージ』を題材にプレイヤースキルの分析に取り組んだ。
『レインボーシックスシージ』は 5人1チームで対戦するFPSである。攻撃チームと防衛チームに分かれ、攻撃チームは敵拠点の制圧を、防衛チームは自陣の建物に籠城して拠点を防衛する。ルールはシンプルでも難度は極めて高い。だが、それが一番の魅力でもある。
『レインボーシックスシージ』が、その難しさにもかかわらず何度も繰り返しプレイをし続けたくなるのは、巧みなゲームデザインによるところが大きい。対戦ゲームにおいて難易度とは対戦相手のプレイヤースキルに相当する。
特に『レインボーシックスシージ』ではskill-based matchmakingを導入しており、自分が優れたプレイヤーになるほど、対戦相手も強くなるというゲームデザインになっている。ポイントは“優れたプレイヤー”という評価基準だ。本作ではいくら撃ち合いでキルをとっても、個人のキルデス比はランクの上下には影響しない。チームの勝利に貢献した者がより高い評価(ランクポイント)を得るのだ。
まだランクの低いうちは、プレイヤーが不必要な動き――チームの勝利に繋がらないか、むしろ危険を招くような行動――をしても小さなペナルティで済む。相手のプレイヤーも状況を正確に把握できていないため、こちらのミスを見逃す可能性があるからだ。しかし高ランク帯ではそうはいかない。少しでも無駄な動きをすれば、たちまち不利な立場に追いやられてしまう。上級者はより複雑で幅広いプレイヤースキルを求められ、わずかなミスにもシビアなペナルティが課される。
では『レインボーシックスシージ』が要求するプレイヤースキルとはいかなるものなのだろうか。それを探ることは、同作のゲームデザインを知ることに繋がる。そしてプレイヤースキルのクリティカルパスがわかれば、上級者への道も明らかになるだろう。
ワークショップは完全にオンラインの環境で実施された。すべてのディスカッションはZoom上で行われ、グループ内の話し合いはZoomのブレイクアウトルーム機能を利用する。さらにオンラインホワイトボードツールの「MIRO」を使い、講師の小保田氏が用意したワークシートに自分のアイディアを付箋に書き留め、貼り付けていく。地理的な制限を受けない上、もちろん新型コロナウイルスの感染拡大防止にも役立つ。
感覚を可視化する
Rational Game Design(※)とは、直訳すれば「合理的なゲームデザイン」となるとおり、ゲーム体験をメカニクス(仕組み)の集合体がもたらす結果として捉え、直感やセンスには極力頼らずに、認知心理学や統計学等の見地から検証可能なデータに基づいてゲームをデザインしようとする設計思想である。
※出典:Rational Design: The Core of Rayman Origins
Rational Game Designの観点では、プレイヤースキルもまた、様々な小さなスキルの集合体として取り扱うことになる。プレイヤースキルはまず、Physical skill(物理・身体スキル)、Mental skill(精神スキル)、Social Skill(ソーシャルスキル、コミュニケーション力)の3つに大別される。
Physical skillとは、ゲームが求める動作を忠実に実行する身体能力を指す。Mental skillはゲーム内のチャレンジ(課題)について考え、回答を得る能力、つまり思考力や情報処理能力だ。Social skillはコミュニケーションによって自分のチームを有利にする能力をいい、主にチームメイトとのコミュニケーションが想定されるが、対戦相手に対するコミュニケーションも含む。3つのスキルはさらに以下のように細分化される。
- Physical skill
- 反射神経:予測できないことに対して正しいタイミングで正しい入力を与える能力
- タイミング感覚:あらかじめ判っていることに対して正しいタイミングで正しい入力を与える能力
- 精密さ:求められている入力を正確に、より有利になるように行う能力
- 持久力:必要な入力・動作を継続して行う能力
- Mental skill
- リソース管理:リソースを管理し、状況に応じて正しく配分する能力
- 戦術(tactics):比較的短いタームの間に状況を正しく把握し、最適な決定を下す能力
- 戦略(strategy):比較的長いタームの間に状況を正しく把握し、最適な決定を(あらかじめ)行っておく能力
- 空間把握:空間の様々な側面を把握する能力
- 記憶力:物事を覚えておく能力
- Social skill
- リーダーシップ:共通のゴールに向かってチームを団結させ、ひらめきを与え、モチベーションを維持するような行動を実行できる能力
- グループへの協力:チーム共通のゴールに対して惜しみなく協力しようとする能力
- 調整・協調:チーム内の衝突・対立を解決する能力。また、外部から与えられた情報、意見などを分析し、正しい方法でチームに伝達する能力
- 交渉力:チームの限られたリソースを把握し、他のチームに対して自分のチームに有利になるような取引を行ったり、情報のアウトプットを行う能力
では、この枠組みを使って実際のゲームを分析してみるとどうなるだろうか。
たとえば、『レインボーシックスシージ』には「突き上げフラグ(グレネード)」という有名なスキルがある。天井に向かってフラググレネード(手榴弾)を投げ、天井ごと階上の敵を吹き飛ばすという離れワザだ。床下からの攻撃はまず予測できないので、決まれば無防備な敵を確実に仕留めることができる。しかし言うは易く行うは難し。マッチ中に成功させるにはそれなりにコツが必要だ。その“コツ”をRational Game Designの考え方に従ってひとつひとつ分解してみると、以下のようになる。
- Physical skill
- タイミング感覚:天井に着弾する瞬間にちょうど起爆するように、投げるタイミングを微調整できる。
- 精密さ:爆破したい場所にフラググレネードを正確に投げ入れることができる。
- Mental skill
- リソース管理:フラググレネードの残数に余裕があることを確認している。
- 空間把握:階上の敵の位置を正確に把握している。
- 記憶力 :突き上げが成功しやすい場所を正しく記憶している。
- 戦術 :周囲の安全を確認している。爆破後の逃走経路を確保している。
- 戦略 :突き上げが相手チームに及ぼす影響を理解している。
Physical skillの「タイミング感覚」と「精密さ」が必要であることはすぐに理解できるだろう。投擲のタイミングを解説する動画も多い。
だが、実際は「突き上げ」でチームの勝利に貢献するには、意外にも多くのMental skillが必要であることに気付かされるはずだ。特に「空間把握」と「記憶力」はPhysical skillと並んで重要な要素になる。階上の敵を狙うには部屋と部屋のつながりを立体的に把握しなければならないからだ。
つまり、「タイミング感覚」「精密さ」「空間把握」「記憶力」の4つが揃ってやっと「突き上げ」が成功する。そして優れたプレイヤーになるには更にスキルが必要だ。
実は、フラググレネードは1人2個までしか持ち込めない。またフラググレネードは「突き上げ」以外にも障害物の撤去に利用する場合がある。もし味方が有刺鉄線や展開型シールドなどで突入に苦労しているようなら、「突き上げ」よりもガジェットの撤去のためにフラググレネードを使用した方が勝利に貢献できるだろう。
「突き上げ」はあくまでも手段のひとつであって目的ではない。「突き上げ」は華麗なスキルだが、チームの勝利という目的を見失ってはならないのだ。
このように、ワークショップでは自身のプレイ経験をふまえてプレイヤースキルを分析していく。各グループのアウトプットは以下のようになった。
限られた時間ではあったが、多数の意見を視覚化してまとめられている。これまで“コツ”や“センス”といった主観的感覚でしか取り扱えなかったものを言語化し、共有可能な形式にまとめることでより深い議論が可能になる。
ゲームデザインはセンスとインプレッションで決まると思われがちだ。実際、現在もその傾向は否めない。しかし、漠然とした感覚を、漠然としたまま取り扱うことは実はリスキーなのだ。なぜなら主観的感覚は、その(問題)認識をチームで共有するには根本的に限界があるからだ。客観性に乏しいと議論も水掛け論に陥りやすい。
今回のセミナーで取り扱ったのはRational Game Designのほんの一部でしかないが、感覚や体験をもたらすメカニクスに注目し、議論を交わしながら分析していくというコアの部分は十分に理解できたのではないかと思う。モバイルゲームでさえ開発に億単位の資金が投入される時代だ。この巨大なビジネスリスクをクリエイターのセンスだけで乗り切ろうとするのは、賢明な判断とは言えないだろう。
Rational Game Designは、従来のセンス至上主義に一石を投じる、今後国内で主流のメソッドになるはずだ。