書評:『恐怖の構造』平山夢明

ホラーコンテンツがZ世代を惹きつける理由

 怖い怖いと思いながらも、気が付けば最後まで視聴を続けてしまう、強烈な魅力を持つホラーコンテンツ。

 2017年はスティーヴン・キング原作の小説を映画化した『IT/イット”それ”が見えたら終わり。』が世界興行収入約7億ドルを記録。M・ナイト・シャマラン監督の『シックス・センス』を超え、邪悪なピエロ・ペニーワイズがホラー映画史上世界で最もヒットした作品として名を馳せた。

 2018年は「音を立てたら、即死。」のキャッチフレーズが印象的な『クワイエット・プレイス』がスマッシュヒット。

 2019年には『サスペリア』や『ハロウィン』、『チャイルド・プレイ』、『貞子』などのリメイク・リブート作品をはじめ、『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』や『アナベル 死霊博物館』など、人気タイトルの続編の多くが公開され注目を集める。

 2020年に公開された『ミッドサマー』は、作中に散りばめられた謎や伏線についての考察がSNS上で話題となり、タイトル名がTwitterの日本のトレンドにランクイン。『犬鳴村』や『事故物件怪談 恐い間取り』がヒットするなど、Jホラー再熱の兆しも見せている。

 そして2021年は、デスゲームをテーマにした『イカゲーム』が大ヒット。動画配信サービス「Netflix」の人気ランキングで連日1位にランクインするほど世界中でブームを巻き起こす。11月には『地獄が呼んでいる』が初登場でNetflix全世界ランキング1位を獲得するなど、韓国ドラマ大躍進の年でもあった。

 人はなぜ、こんなにも怖いものに惹かれてしまうのだろうか。

 ホラーコンテンツは特に、10代~20代の若い世代が好む傾向が強いという。『独白するユニバーサル横メルカトル』や『ダイナー』などの作品で知られる作家・平山夢明氏は、著書『恐怖の構造』の中で、「若い世代ほど恐怖を娯楽として好むのは、彼らが未知の可能性を持っているからではないか」と考えを述べている。

 「未知の可能性」というと輝かしい未来が待っているようで聞こえは良いが、漠然とし過ぎていて、具体的なイメージが掴みづらい。見方を変えると、ネガティブな展開も起こりうる危険性を同時に孕んでいる状況とも言える。そんな未知の要素を少しでも排除するために、ホラーコンテンツが持つ恐怖から刺激を受け、学習・経験をしようとしていると平山氏は続けている。

 実際に『ミッドサマー』が話題になったように、ホラーコンテンツは若い世代とSNSとの親和性も高く、情報が拡散されやすい。

 近年ではZAUNTEDによる赤ちゃんプレイお化け屋敷「バブリミ」や、デリバリーお化け屋敷「絶叫救急車」と『School Days』とのコラボアトラクションがTwitter上で大きな話題を呼んでいたことは記憶に新しいだろう。

 平山氏は『クトゥルー神話』の作者であるH・P・ラグクラフトの「人間の感情で最も古く、最も強いのは恐怖である」という言葉を挙げ、恐怖は生きるための判断材料のひとつになっていると説明。恐怖の構造を解明することは人生をコントロールすることにも繋がるとして、恐怖とは何か、「恐怖書きのプロ」としての持論を著書の中で展開している。

 

恐怖の追求はホラーコンテンツへの理解度を深める

 本来なら愛玩される対象であるはずなのに、怪談のモチーフや怖い話の定番ツールとして登場する市松人形やフランス人形。平山氏によると、人は不気味の谷すれすれのエリアに位置するような“人間の形をした人間ではないモノ”に恐怖を感じてしまうという。

 アメリカではサーカスや遊園地のピエロに恐怖するクラウンフォビア(ピエロ恐怖症)という症状があるほどで、俳優のジョニー・デップもその1人であることを公言している。

 恐れの対象となりがちな人形やピエロが、いまだに数多くのホラーで題材として扱われているのは何故なのか。平山氏は様々なシチュエーションや実体験を例に挙げ、恐怖する理由について解説。ホラーコンテンツをより楽しめるよう、懇切丁寧にレクチャーしてくれている。

  さらに平山氏は恐怖について、災害や拷問など本能的な生命の危機を感じさせる「生態的恐怖」と、自分と家族・世界・文化などとの関わりが恐怖に結びつく「文化的恐怖」の2つに分類できると分析。知的欲求が刺激される文化的恐怖は特にホラー作品との相性が良いとして、「恐怖の正体を探っていくと、その国の文化や自分たちのルーツまで理解できる」と続けている。

 恐怖について解説する一方で、平山氏はお笑いについても持論を展開している。「物語がホラーになるかお笑いになるかは、単純に火力の問題」で、火力とは“読者の想像を凌駕する展開で常識を吹き飛ばす力”だと説明。

 近年では、お笑い芸人・野生爆弾のくっきーさんによる、口内からチロチロと目玉を覗かせるギャグや、顔面をテープでミイラのようにぐるぐる巻きにした姿で登場するシーンなどを見てもらうと、火力についてのイメージがしやすいだろうか。

 様々なシチュエーションでの火力を調整することで恐怖と笑いをコントロールすることが可能となり、新たなヒットコンテンツを生み出すきっかけにも繋がっていくのだろう。

 最後の章で平山氏は人間が恐怖する構造をより理解するために役立つとして、自身の経験をもとにホラーの書き方、怪談の書き方について解説を行っている。『エクソシスト』や『タクシードライバー』、『エイリアン』といった映画を例にした各ジャンルの掘り下げや、ストーリーを各論と総論に分けた捉え方、物語の緩急の付け方など、いずれもコンテンツの理解が深まる内容ばかりだ。

 人はなぜ、怖いものに惹かれてしまうのか。その根底にある恐怖の構造について知りたい方に、ぜひ手に取ってもらいたい1冊だ。

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島中 一郎(Ichiro Shimanaka)
島中 一郎(Ichiro Shimanaka)https://www.foriio.com/16shimanaka
ライター。ゲーム・アニメ業界を中心にニュース記事の執筆、インタビュー、セミナー取材などマルチに担当。ボードゲームが趣味であり、作品のレビューや体験会のレポートを手掛けるほか、私生活で会を催すことも。無類のホラー好き。

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