【特集】ポスト・メディアミックス時代で躍進する中国、カギは放置ゲームと安心感

 2022年は政治、経済共に混乱した年となった。2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、アメリカ、イギリス、EU諸国を巻き込み、現在まで膠着状態が続いている。ウクライナのゼレンスキー大統領は大国ロシアに対して見事な政治手腕を見せたが、この紛争が世界経済に与えた影響は計り知れない。

 各国が自国通貨を守るために急速な利上げに乗り出し、コロナ禍で弱りきったところに更なる景気の悪化と物価高騰を招いた。燃料、電力、食料品、生活必需品が次々と値上げされ、国内の消費マインドは冷え込む一方だ。家計の負担を感じている人もいるだろう。

 グローバル時代は微妙なパワーバランスの上に成り立っており、一国の動向でビジネス環境が激変するリスクを常にはらんでいる。もちろん、ゲーム産業も例外ではない。

 2022年の国内モバイルゲーム市場は中国の政策によって全く予想外の方向へ転じた。少なくとも、トレンドの発信源は日本ではなく、中国であったのは間違いない。

 それを裏付けるデータをこれから示すが、本稿の最終的な仮説を先に述べておくと、アジア一のゲーム大国・中国の意外な振る舞いはパラダイムシフトの前兆だ、ということになる。市場の変化をリスクと見るべきか、好機と捉えるべきか。2023年に向けて新たなアジェンダを提示することを本稿の最大の目的としたい。

企画・執筆:原孝則、神谷美恵

 

新作タイトルから見える市場トレンド

 一般的なマーケティングツールを使えばセールスランキングの順位はもちろん、売上高からユーザー属性、アクティブユーザー数までかなりの精度で推測できるようになった。しかし、それでも変化の激しいモバイルゲーム市場はトレンドを把握するのが難しい。特定のタイトルをデイリーで追跡しても市場のダイナミクスは見えてこないからだ。

 セールスランキングの順位は重要な指標ではある。だが、『モンスト(モンスターストライク)』が1位になったところで今更誰も驚かないように、定番タイトルが何回1位を獲得しても市場へのインパクトは案外限定的だ。そこから新しいトレンドが生じる可能性は低い。

 むしろ注目すべきなのは、2022年リリースされた新作が、安定的な地位にいる人気タイトルにどれだけ食い込むことができたかという点だ。

 そこで本稿では、モバイルアプリ市場を専門とするリサーチ企業・スパイスマートの協力のもと、2022年リリースされた新作タイトルの中から有力なものを精選し、それらのセールスランキングにおける推移から市場トレンドを調査した。なお、データはすべてiOS App Storeの日本リージョンで取得したものである。

 スパイスマートが提供する調査ツール「LIVEOPSIS(ライブオプシス)」は、海外タイトルを含めて常時200タイトル以上の運営型モバイルゲームを対象に、ゲーム内施策とセールスランキングの推移を追跡している。また、公式Twitterアカウントと公式YouTubeチャンネルの運用状況を可視化する機能を備え、ゲーム内外の主だった施策をセールスランキングと照らし合わせながら横断的に調査できる。

 LIVEOPSISの追跡対象はアナリストの判断に基づいて毎月改定が行われている。セールスランキングで上位30位以内に初めてランクインしたタイトルの中から、ゲーム自体の完成度、マーケティングの実施状況、ユーザーのロイヤルティ(Loyalty)など様々な観点からアナリストが審査し、一定以上の評価を得たものだけが追跡対象に選ばれる。したがって、LIVEOPSISを使えば、収益性と運営力に秀でたモバイルゲームにフォーカスを絞って、長期的な追跡調査を行うことができるのだ。

 

2022年は中国系パブリッシャーが躍進

 今回の調査では、2022年にiOS App Storeの日本リージョンでリリースされたモバイルゲームの内、配信開始日から12月13日までのセールスランキング順位の推移が好調だったものを上位から順に50本選抜した。ただし、2022年の新作でも2022年12月27日時点ですでにサービス終了の告知があったタイトルは除外した。その一覧とセールスランキング順位の月間平均を以下に示す。

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 2022年の選抜タイトルは中国系パブリッシャーが50本中27本を占め、2021年の14本から大幅増となった。なお、パブリッシャーの本拠地が中国以外の地域であっても、中国のゲーム会社との資本関係があると確認された企業については拠点国を「中国」として分類した。

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 選抜タイトルを上位10本に絞り込むと、2021年は『三國志 真戦』(Qookka Games)の1本だったのに対し、2022年は『勝利の女神:NIKKE』(PROXIMA BETA)、『モリノファンタジー:世界樹の伝説』(SPOTLIGHT NETWORK)、『Echocalypse -緋紅の神約-』(YOUZU)、『オリエント·アルカディア』(Qookka Games)の4本がランクインした。ゲーム業界のビジネスパーソンなら中国系企業の日本上陸はすでに織り込み済みかもしれないが、それでも予想以上の躍進と言えるだろう。

 中国系パブリッシャーの台頭には版号問題という背景がある。中国では新たにゲームを配信・販売する際、行政機関の国家新聞出版署から「版号」の交付と認可を受けなければならない。問題は、どの版号がいつ認可されるか、ほとんど予測不可能だという点である。

 中国政府は大のゲーム嫌いだ。一時期はデジタルゲームを“精神的アヘン”などと槍玉にあげ、9か月間も版号の交付を差し止めたほどである。このような極端な規制を受け、中国のゲーム会社は海外進出を余儀なくされた。いつになるかわからない認可を待つより、自由な海外市場へ打って出た方が得策だ。狙いはそれだけではない。

 中国のゲーム会社が日本やアメリカで成功を重ねることで、ゲームビジネスが外貨獲得に有効な手段であることを政府に示し、規制緩和への布石を打つため、という見方もできる。世界最大の中国市場を捨て、あえて海外進出を選ぶほどには中国系パブリッシャーにものっぴきならない理由があるのだ。

 中国のヒットタイトルには放置ゲームをベースとしているものが散見される。放置ゲームとは、実際の時間経過がゲーム内で資源や何らかのポジティブな結果として還元されるゲームを指す。その嚆矢は『たまごっち』まで遡(さかのぼ)り、現在ではモバイルゲームの一角をなすジャンルにまでなった。

 アプリを起動していない間もゲームが進行するという点では従来の「スタミナ制」も該当するように思えるが、それは放置ゲームに含まれない。スタミナ制はプレイを継続するための体力(のような資源)が設定されていて、その減少分を回復するのに時間を必要とする。その間はプレイが制限されるため、放置中はプレイヤーにとってネガティブなものとなる。これに対し、放置ゲームは経過時間に応じて大量の資源や望ましい結果をもたらすという点が特徴だ。

 ただし、一口に放置ゲームと言っても日本と中国でその方向性は異なる。国内パブリッシャーによる放置ゲームでは『元祖 なめこ栽培キット』(Beeworks / Success, 2011年)、『ねこあつめ』(Hit-Point, 2014年)、『旅かえる』(Hit-Point, 2017年)といったタイトルが挙げられる。いずれも時間経過によってキャラクターやアイテムを収集することを目的としており、そのシンプルさゆえに普段ゲームをプレイしない層にまで人口に膾炙(かいしゃ)した。

▲左から『元祖 なめこ栽培キット』(Beeworks / Success, 2011年)、『ねこあつめ』(Hit-Point, 2014年)、『旅かえる』(Hit-Point, 2017年)

 反対に、中国ではハードコアユーザー向けに進化を続け、RPG、ストラテジーゲーム、時には恋愛シミュレーションゲームへと結びついていった。

 中国の放置ゲームとして知られるのが『放置少女〜百花繚乱の萌姫たち〜』(C4Connect, 2017年)である。日本で人気を集め、運営5年目にして尚、高い順位を維持している。また2022年の新作では『最強でんでん』(QCPlay)、『ベイラーレジェンド』(Century Games)、『メメントモリ』(バンク・オブ・イノベーション)、そして『勝利の女神:NIKKE』も放置ゲームの要素を含むヒットタイトルとなった。

 中国式放置ゲームは、日本のモバイルゲームとは根本的に異なる。そのためにいくぶん過小評価されてきたように思う。『放置少女』や『最強でんでん』は知っていても、その人気の理由までリサーチしようとする人は意外に少ない。だが中国式放置ゲームは国内市場で確実に根を深く張り、オルタナティブとなりつつある。

 

中国式放置ゲームとは何か?

 中国式放置ゲームを正しく理解するには、従来の価値観から一旦離れなければならない。中国式放置ゲームと日本のモバイルゲームにはそれほどの隔たりがあり、全くの別物だからだ。ゲームにおける達成、動機付け、マネタイズ、この全てが異なる。

 まず「達成」について比較すると、従来のモバイルゲームでは勝利や感動といったユーザー体験が想定されるだろう。ユーザーは日々、ボス敵に勝利したり、高難度の譜面をクリアしたり、プレイヤー同士の対戦で勝利したりする。特にRPGでは勝利の後にストーリーが用意されており、その感動もまた達成の報酬と言えよう。勝利と感動の二段構えだ。

 一方、中国式放置ゲームにおける達成はたったひとつしかない。それは、より高い火力を得ることである。火力とはプレイヤーの攻撃力の総和、最大与ダメージ量、保有する資源量といった形式で、主に数値で表現される。中国式放置ゲームでは、他に様々な要素を含んでいたとしても、基本的には火力の増大へと収斂する。

 PvE(レイドバトル)、GvG(ギルドバトル)では参加者との連携が求められるが、この時の連携とは機転の良さよりも、バフ効果の最大化を意味する。中国式放置ゲームの本質は、火力を中心とした一極集中型の構造にあるのだ。

 火力の増大がなぜ面白いと感じられるのかと不思議に思うかもしれない。しかし、数値が増えていく様は確かにゲームとして成り立つ。その最たる例が『Cookie Clicker』だ。

 

 個人プログラマーのOrteil氏が開発したゲームで、2013年に世界中で大人気となった。

 『Cookie Clicker』はただクッキーを増やすだけのゲームである。画面内をクリックする度にクッキーが1枚増える。クリックの連打でクッキーを増やしたら、そのクッキーを通貨としてクッキーの生産設備を購入する。生産設備が増えると、1クリックあたりの増え方が大きくなる。クリックでクッキーを増やし、そのクッキーを使ってさらに増産する。

 このように数値をひたすら増大させていくことを楽しみとするゲームをIncremental Gameという。『Cookie Clicker』は当初プレイヤーが自分の手でクリックする必要があったが、有志のファンが自動でクリックを行うツールを開発したことで大幅に進化した。このツールによってプレイヤーは寝ている間にも大量のクッキーを焼けるようになったのだ。放置していても自動的に数値が大きくなり、その増分を楽しむゲーム――これが中国式放置ゲームの原理だ。

 次に動機付けについて比較する。モバイルゲームの運営者にとって動機付けは最大の課題だろう。ユーザーの継続率が収益に直結するためだ。

 毎日ゲームを起動してもらうにはログイン報酬などの直接的な手法に加え、最近はキャラクターに対する愛着を感じさせることで自発的なログインを促す工夫も見られるようになった。アイドル育成ゲームなどではホーム画面に表示されるキャラクターを任意で指定する機能がある。ログインした時間帯に応じてキャラクターがユーザーに対して声を掛けるものもあり、大いに愛着を刺激する演出だ。こうして育まれた関係性がエンゲージメントである。

 日本のモバイルゲームがエンゲージメントでがんじがらめにするのに対し、中国式放置ゲームは様々な安心感をユーザーに与える。

 中国式放置ゲームのスタンダードである『AFKアリーナ』(Lilith Games, 2020年)ではVIPレベル(累計利用金額を基準とするプレイヤーランク)に応じて最長30日間の放置が可能だ。いわゆるWhaleユーザー(利用額の高いユーザー)に、より長い放置を許すのはあべこべに見えるかもしれない。

 だが中国式放置ゲームにおいて放置とは離脱ではなく、自動操作を続けていると解釈される。だからVIPランクが高いほど、時間当たりの報酬と放置上限時間が増加するのだ。お金を払った分だけ安心して放置でき、長く放置するほど喜びは大きくなる。言わば銀行の預金に利子がつくのを待つようなものだ。

 日本のログインボーナス制では1日でもログインし忘れると報酬が減少するなどのペナルティが発生するのに対し、中国式放置ゲームでは放置の延長によって継続率を高めようとする。どちらが継続率の向上に効果的かは一概には言えないが、少なくとも中国式の方がユーザーに与えるストレスは小さくて済むだろう。

 

“エンゲージメント”から生じる歪み

 マネタイズでは中国の方が一枚上手だ。『勝利の女神:NIKKE』では10連ガチャが約6,000円と従来の約2倍の価格設定であるにもかかわらず、セールスは初動から絶好調であった。異例の高額設定のわりに不評は少なく、コアユーザーにはそれなりに納得できる価格として受容されたようだ。これほど思い切ったプライシングを日本のモバイルゲームで実施するのはまだ難しいのではないだろうか。中国のモバイルゲームから学ぶべきことは多い。

 日本のモバイルゲームはFree to Playを原則とする。Free to Playは『パズル&ドラゴンズ(以下、パズドラ)』(ガンホー・オンライン・エンターテイメント, 2012年)がそれまでのソーシャルゲームに対抗する形で導入した課金体系だが、それから10年近く経過した今ではビジネスモデルとして歪みが生じてきている。

 Free to Playは、高品質なゲームをあえて無料で公開し、ユーザーの裾野を広げることで成立していた。多数のユーザーがいれば、ARPUがそれほど高くなくても充分にコストをまかなえたからだ。だが、現在のモバイルゲーム市場は参入過剰による過当競争の真っ只中にある。新規ユーザーの獲得と定着の難しさは、ゲーム業界の方であれば日々痛感するところだろう。開発コストも大幅に増大した。もはや『パズドラ』時代のようにはいかない。

 Free to Playで収益を確保するには、わざわざお金を払ってもらうための理由が必要だ。日本のモバイルゲームはその理由にエンゲージメントを掲げたが、そのためにかえって歪みは大きくなってしまった。なぜなら、ユーザーは常にエンゲージメントを求められるばかりなのに、目当てのキャラクターはガチャで排出されるのを待つしかないからだ。排出確率や価格を見直したところで、この構図が変わらない限り不公平感は拭いきれない。

 また、Free to Playは運営者側にもデメリットがある。エンゲージメントを消費行動の動機付けとしているため、収益がピックアップガチャ一本立ちになりがちだ。キャンペーンのたびにセールスランキングの順位が乱高下し、なかなか安定した収益基盤を形成できない。収益が予定通りに推移しないと、再びガチャをやらざるを得なくなる。ユーザー、運営者共に困難な悪循環である。

 中国式放置ゲームのマネタイズにもピックアップガチャはある。収益の柱なのは日本と同様だ。ただし中国式放置ゲームのピックアップガチャは、ピックアップされるキャラクターをユーザーが任意で指定できるという特長を持つ。この指名制ピックアップガチャは常設か、数カ月間の長期にわたって設置される。

▲左から『AFKアリーナ』と『勝利の女神:NIKKE』のウィッシュリスト(指名制ピックアップガチャ)。

 指名制ピックアップガチャでは10~20人前後のキャラクターを指名できる。日中で排出率に大きな違いはないものの、日本のピックアップガチャが特定の一人を引き当てることを目的とするのに対し、指名制ピックアップガチャは指名した中の誰かを引き当てれば良いので、満足度が比較的高くなる。

 このような指名制が成立するのは、やはり火力重視のコンセプトが背景にあろう。エンゲージメントが緩やかな分、火力の増強に役立つキャラクターであれば誰でも構わない。一人のキャラクターと“運命の出会い”を果たすよりも、野球選手のドラフト指名のような形式の方が放置ゲームには適しているのだ。

 興味深いことに、中国式放置ゲームではある程度ゲームが進行すると、キャラクターより育成素材のニーズが大きくなってくる。そこで、ピックアップガチャに代わる新たな商材としてサジェストされるのが育成素材だ。育成素材は放置によって入手できるが、それでも足りない場合はゲーム内ショップで購入することになる。

 ゲーム内ショップでは価格をリアルマネーで提示する場合が多い。ワンコインから3万円以上まで価格は様々だ。単品よりバンドル商品の方が割引率が高く、タイムセールでは半値以下の価格が提示されることもある。品揃えとしては、育成素材とガチャ用アイテム(主にガチャを引くために使用されるアイテム)が詰め合わせになっているものが多い。このようなラインナップは日本のモバイルゲームでも無いではないが、購入時のマインドは日中で異なる。

 従来のモバイルゲームでは、ガチャを引くための有償アイテムに、そのオマケとして育成素材が付随していた。ところが、中国式放置ゲームではあくまでも育成素材がメインで、ガチャ用アイテムの方がオマケなのである。訴求が逆転して奇妙に思えるかもしれないが、中国式放置ゲームのメインコンテンツが育成による火力増強であることを考えれば何ら不思議はない。積極的にキャラクターを与えた方が育成素材の消費量は多くなるからだ。非常に合理的な設計である。

 日本のモバイルゲームは徹頭徹尾ガチャビジネスだ。それ以外のマネタイズにチャレンジしていないわけではないにせよ、成功例は寡聞にして知らない。

 その点、中国式放置ゲームはガチャとショップの組み合わせで収益を得る。ゲーム開始直後は日本同様にピックアップガチャを主な収益源とするが、キャラクターがある程度出揃った後は育成素材のショップ販売を主軸とする。ショップで育成素材を購入すると、ガチャ用アイテムがオマケとして付与され、再び指名制ピックアップガチャを引くことができる。

 その結果、キャラクターを引き当てれば更なる火力増強が見込めるし、ハズレてしまっても大した損にはならない。もともと欲しかったのは育成素材であって、ガチャ用アイテムはオマケとしてもらっただけだからだ。もちろん、ハードコアユーザーともなれば、やがて手持ちのキャラクターを育成しきってしまうだろう。だが問題はない。育成を完了したら育成素材はしばらく不要となるため、その分のお金をまたガチャに使ってもらえるようにすればいい。

 ガチャ – ショップ間の往復運動を促進することが中国式放置ゲームにおけるマネタイズのキーポイントだ。

 

“安心感”で駆動するシステム

 中国式放置ゲームの「放置」とは、次回のログインまで報酬獲得を先送りにすることである。したがって放置は休眠を意味しない。放置するほど報酬は大きくなるため、ログインへのモチベーションは時間経過でむしろ高まっていく。同時に、放置とは報酬を得るための確実な手段とも言える。

 放置ゲームでは、時間という誰にでも無限にある無料の資源を資源に還元できるのだ。ガチャビジネスに食傷気味の日本ユーザーから見れば、中国式放置ゲームのノーコスト&ローリスクの安心感は斬新で魅力的に映っただろう。

 従来のモバイルゲームがエンゲージメントで駆動するのに対し、中国式放置ゲームは言わば「安心感駆動」だ。安心してゲームから離れられるからこそプレイを継続できる。損する心配が小さいから、お金を払おうと思える。中国式放置ゲームならではの、効果的な訴求だ。

 さらに、にわかには信じられないかもしれないが、中国式放置ゲームはエンゲージメントをほとんど必要としない。なぜなら中国式放置ゲームの根底にはIncremental Gameの原理が横たわっているからだ。日本のゲームがキャラクター(様々なエピソードの集積体)に根ざしているのに対し、中国式放置ゲームの楽しみは究極的には数字で表現される。

 中国式放置ゲームにおいて物語やキャラクターはあくまで演出の一種であって、キャラクターがゲームの価値を直接生み出しているのではない。だから、中国式放置ゲームは日本のモバイルゲームほどエンゲージメントを必要としないのである。

 なお、これまで挙げてきた日中の違いは単に性質の差異であり、優劣を断定するものではない。ただ、日本のユーザーはすでに中国式の運営方針を充分に理解し、自然に受け入れている。これは事実だ。それを端的に示す事例が、バンク・オブ・イノベーションの『メメントモリ』である。

 

 『メメントモリ』は中国式放置ゲームを忠実に踏襲している。バンク・オブ・イノベーションは日本の会社だが、中国式のノウハウを積極的に採り入れ、2022年のトレンドを掴みとった。

 『メメントモリ』のコア・コンピタンスはミニマルな放置ゲームであることに尽きる。プロモーションでは楽曲をメインに訴求しているものの、『戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED』(ポケラボ, 2017年、2022年にキングポーンへ移管)のように楽曲とゲームシステムが直接連携しているわけではなく、継続的な収益を支えているのは中国式放置ゲームと同じ仕組みだ。

 特に指名制ピックアップガチャとVIP制度の両方を導入した点は注目に値する。指名制ピックアップガチャとVIP制度は「安心感駆動」の運営には欠かせない要素だ。指名制ピックアップガチャは従来のガチャよりも落胆を感じにくい上、ガチャの結果がどうであれ、購入金額はVIPレベルに必ず反映される。この安心感が中国式の魅力であり、「ガチャは引きたいけれどギャンブルは避けたい」というユーザーのニーズに合致した。

 

『ウマ娘』以降のポスト・メディアミックス時代

 2021年の調査(関連記事)では『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)のヒットが目立ったが、その裏側ではメディアミックスが限界に達しつつあることを示した。

 メディアミックスの本質はエンゲージメントのシェア競争である。そして『ウマ娘』を最後に、国内のエンゲージメントはほとんど刈り尽くされてしまった。『ウマ娘』以後の世界、すなわちポスト・メディアミックス時代とは、エンゲージメントの枯渇から始まったのだ。

 こうした日本市場の事情を把握していたのか、あるいは単に版号問題で海外に打って出るしかなかったのかはわからないが、中国式放置ゲームの持つ、エンゲージメントを求めないという性質が国内ユーザーのニーズと絶妙にフィットした。その結果が中国式放置ゲームの台頭と『メメントモリ』の成功である。

 ゲームビジネスの人々が恐れていたような中国系パブリッシャーによる侵略は全く起こらなかったばかりか、「安心感駆動」という新たなコンセプトをもたらし、モバイルゲーム市場の停滞を打破するに至ったのである。

 中国式放置ゲームが「安心感駆動」に最適であることはこれまで述べてきたとおりだが、安心感を醸成する仕組みさえ備えていれば、ジャンルは何でも構わない。たとえば『オリエント·アルカディア』はオーソドックスなモバイルRPGだが、すべてのキャラクターを最高レアリティまで育成できるという特長がある。

▲『オリエント・アルカディア』公式サイトより

 プロモーションでは「育成の常識を変える幻想RPG」「あなたの推しが、最強になる」というキャッチコピーで、育成コストに対する不安を払拭し、育成素材が決して無駄にならないことを強く訴求した。これが奏功し、日本市場の激戦区とも言えるRPGのジャンルで順調に推移した。ユーザーのインサイトを読み切った、優れたマーケティングと言えよう。

 「安心感駆動」の最大の強みは、既存タイトルのロックイン効果をほとんど受けないことだ。セールスランキングの上位タイトルは軒並み運営年数が長い。中でも『パズル&ドラゴンズ』(ガンホー・オンライン・エンターテイメント)は2022年2月に10周年を迎えた。運営期間が長いということは、ユーザーがそれだけ多くの時間的または金銭的コストをゲームに投じたということでもある。

 『パズドラ』のような長寿タイトルともなれば、ユーザーは相当の埋没コストを抱えているはずだ。そのため、いくら魅力的な新作を目にしても、ユーザーはそれまでの莫大な埋没コストをなかなか手放せず、スイッチングに至らない。これをロックイン効果という。

 しかし「安心感駆動」は、このロックイン効果をほぼ無効化する。そもそもユーザーがロックインされてしまうのは、ユーザー自身が損失局面にあると感じているからである。お金や時間をかけてプレイしても、それに見合うだけの楽しみを享受できていない。――というような「何となく損をしている気がする」という感覚だ。

 損失局面では抱えている負債が大きいほど、さらなる損失に対して鈍感になる。不満があるならアンインストールすればいいのに、損失を忌避するあまり埋没コストを惜しみ続け、結果的に負債(累計の不満足量)を増大させてしまう。そして負債が大きいほど、さらなる損失、つまりプレイを継続して不満足量をもっと増やしてしまうことに鈍感になっていく。直感とは逆に、ユーザーは不満があるほど、強くロックインされるのである。

 一方、「安心感駆動」はこの損失局面の誤謬を逆手に取ったマーケティングが可能だ。仮に、新作をインストールすべきかどうかを検討するとして、新作が本当に面白いゲームかどうかは基本的に五分五分であるはずだ。しかし、損失局面では損失の増大に対して鈍感になっていくのと同時に、損失を縮小できるかもしれない可能性に対してはより敏感になる。ここで効いてくるのが“安心感”だ。

 ゲームに投じた資源が「決してムダにならない」という訴求は、まさに未来の損失の縮小を意味する。実のところ、それまでのゲームにつぎ込んだコストはどうやっても取り返せないのだが、損失局面では損失を縮小する(という誤謬の)ためならリスクをいとわなくなる。つまり新作をインストールするという最もリスキーな判断を積極的に選択するのだ。

 『メメントモリ』、そして『勝利の女神:NIKKE』が記録的なセールスを達成できたたのは、「安心感駆動」の訴求が(おそらく意図せず)ユーザーのニーズを射止めたからだ。両タイトルがリリースされた時期に『ウマ娘』や『FGO』が実施していたマーケティングに比べれば、はるかに小規模であるにもかかわらず、「安心感駆動」は多数のコンバージョンを生んだ。エンゲージメントの対岸にこそ、日本のモバイルゲームがずっと見過ごしてきたものがあるということだ。

 

ハックからインサイトへ

 2022年、国内モバイルゲーム大手は完全に一本取られてしまった。代わりに市場を制したのは、いくつかの中国系パブリッシャーと、バンク・オブ・イノベーションという中堅企業であった。

 奇しくも両者は共に背水の陣から始まった。中国系パブリッシャーの後ろには本国の版号問題があり、バンク・オブ・イノベーションは事業規模的に何度も失敗できるようなゆとりは無かったはずだ。事情は違えど、日本市場でとにかく勝つしかなかった。

 市場で厳しいポジションに置かれながらも、クリエイティビティを絶やさず、冷静にニーズを見極めることができたのは、彼らに相当の勇気と洞察と、ユーモアがあったのだろう。ビジネスを語るのに精神の話題はそぐわないかもしれないが、ゲーム産業がそれらを糧に成長してきたのは事実だ。今のモバイルゲーム市場にはそのいずれも足りない。

 メディアミックスからポスト・メディアミックスへ、そしてハックからインサイトへ時代はシフトしつつある。

【参考文献】
・北野瞳(2018)「自律する〈増分〉と〈育成〉のゲーム――放置ゲーム論」『プレイヤーはどこへ行くのか デジタルゲームへの批評的接近』pp.49-62
・小山友介(2020)『日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版 ファミコン以前からスマホゲームまで』 人文書院

企画・執筆:原孝則、神谷美恵

 

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原 孝則(Takanori Hara)
原 孝則(Takanori Hara)https://pickups.jp/
PIckUPs! 編集長。出版社で雑誌とWebメディアの編集を経験した後、大手ゲーム会社で多数のマーケティングプロジェクトに携わる。2015年にSocial Game Infoの副編集長に就任。2017年に起業し、独自のニュースサイト「PickUPs!」を立ち上げ、現職。

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