20周年の「零」がアジア初進出で再ヒット、菊地氏&柴田氏に訊くホラーゲームの作り方と売り方

 2001年に発売されたホラーゲーム『零~zero~(以下、零)』は、“射影機”というカメラを使って実体のない幽霊達と戦う、和風ホラーの金字塔ともいえるホラーアドベンチャーゲームだ。

 シリーズは現在までに移植作品や派生作品を含めて10作を数え、昨年12月には20周年を迎えた。直近では『零 ~濡鴉ノ巫女~(ぜろ・ぬれがらすのみこ)』のリマスターがグローバルで34万本のセールスを記録し、コーエーテクモHDの2022年3月期第3四半期では最も出荷本数の多いタイトルとなった。(コーエーテクモHD 2022年3月期第3四半期 IR資料

コーエーテクモHD 2022年3月期第3四半期 IR資料より

 日本の郷土文化に根ざしたホラー作品として市場の先駆者でもあった「零」シリーズは、今もなお海を超えてファン圏を拡大させている。フランチャイズタイトルとしての変遷について、初作から20年にわたって開発を指揮するプロデューサーの菊地啓介氏と、ディレクターの柴田誠氏に話を訊いた。

▲左からプロデューサーの菊地啓介氏と、ディレクターの柴田誠氏

企画・取材・執筆:島中一郎
編集:神谷美恵

 

海外市場に強い日本のホラーゲーム

2021年12月23日にシリーズ20周年となりました。おめでとうございます。

ありがとうございます。

ありがとうございます。まさか20年も続くシリーズになろうとは思ってもいませんでした。本当に嬉しいかぎりです。

 

2021年10月にリリースされた『零 ~濡鴉ノ巫女~』が全世界で34万本のセールスとなりました。もともとは2014年にWii U向けに発売されたタイトルですが、売れ行きについてはどのようにご覧になっていますか。

想定以上の売れ行きで驚いており、とても嬉しいです。日本国内も比較的順調に推移していましたが、日本以外のアジア地域でセールスが大きく伸びました。ハード別に見ると、日本・アジア地域ではNintendo Switch版の販売数が頭一つ抜けているという状況です。

リマスター版はグラフィックが大幅に強化されましたが、シナリオ自体は原作通りです。日本以外のアジア圏でヒットした理由は何だとお考えですか。

理由は2つあるのかな、と。まずひとつは、Nintendo Switchを含め、PlayStation4や5、そして海外でユーザーの多いXboxOneとPC向けにも同時にリリースしたことが奏功したと言えるでしょう。

もうひとつは、「零」シリーズ最大の特長でもある日本的な恐怖演出が高く評価されてヒットに繋がったのではと考えています。最近は韓国や台湾からも素晴らしいホラー作品が次々生まれているように、アジア各国でホラーコンテンツがジャンルとしてすでに確立していて、そこに日本テイストのホラーとして「零」がスッと入り込めたというか。

 

アジア圏のゲームファンと、「零」の日本的ホラー表現の親和性が高かったということでしょうか。

そうですね。シリーズでは『零 ~濡鴉ノ巫女~』がアジア圏初展開となりますが、非常に幸先の良いスタートを切れたと思います。

 

北米では『FATAL FRAME』、欧州地域では『PROJECT ZERO』としてシリーズ初期の頃からすでに海外展開に成功されています。海外市場を視野に入れる契機となった出来事がありましたらお聞かせください。

実は1作目の企画当初では海外展開なんて思ってもいませんでした。

ところが、『零~zero~』をリリースしてからすぐに海外のパブリッシャーからオファーが続々と舞い込んできたんです。それで海外にも打って出ようということになり、アメリカ市場には当時テクモの子会社(現:TECMO KOEI AMERICA Corporation)を通じて販売を開始、ヨーロッパ市場には当時まだ販売網すら持っていなかったため、フランスのパブリッシャーであるWanadooという会社から販売していただくことになりました。

ヨーロッパ圏ではほぼ無名だったにもかかわらず、Wanadooさんの積極的なPRによって多くのファンを獲得することができました。実現しませんでしたが、世界的映画会社のドリームワークス(DreamWorks Pictures)から映画化のオファーをいただいたこともあるんですよ。今の「零」シリーズのワールドワイドでの成功は、当時の北米・欧州市場の懐の深さがあってこそだと言っても過言ではありません。

 

「零」の真髄は恐怖の先にある

国内外で大成功を収めた一番の決め手、強みは何だとお考えですか。

日本の風土、文化に根ざした霊的な恐怖表現が「零」シリーズの最大の特長だと思います。シリーズを通して一番力を注いでいるのがそこですから。

 

なるほど。

日本のホラーゲームといえば、『バイオハザード』(カプコン, PlayStation, 1996年)や『サイレントヒル』(コナミデジタルエンタテインメント, PlayStation, 1999年)といった成功事例がすでにあっただけに、その傑作に勝るとも劣らない恐怖表現を考えて、霊的な恐怖にたどり着いたのが『零~zero~』のきっかけでした。

もちろん、どちらも世界的なヒットタイトルですから、そのレベルを目指すというのは大変なチャレンジです。でも会社(『零~zero~』リリース当時はテクモ)が「Something New」というスローガンを掲げて新しいチャレンジを後押ししてくれたこともあって、『零~zero~』は本当に難産だったんですが、何とか世に送り出すことができました。

 

では日本の風習をベースとした恐怖表現は暗中模索しながら少しずつ磨かれていったということでしょうか。

そうですね。私の中で霊的な雰囲気の完成形は見えていたんですが、それを表現する方法を模索していきました。背景やエフェクト、音を鳴らすタイミングといった、ゲームで表現できるもので伝えなければならないので、ひとつひとつ積み重ねていったのです。

 

確かに『バイオハザード』のようなホラーゲームなら、ゾンビ映画的な恐怖演出とアクションゲームの緊張感がオーバーラップしますが、日本的な恐怖演出でアクションゲームを作るとなると、どのような形で融合するのか、すぐには想像がつかないかもしれません。

Jホラーの映画はすでに認知されていましたが、ゲームとなると事情は違います。最初はなかなかメディアで取り上げてもらえませんでした。“和風のホラーゲーム”というのが、当時はまだピンとこなかったんだと思います。開発現場でもそれは同じで、スタッフに私が求める恐怖感をわかってもらうことが最初の課題でした。

なにせ初めてホラーゲームを作るものですから、ホラー作品に対する素養からもう足りないような状況でした。「怖いゲームはちょっと……」なんて尻込みするスタッフもいたくらいで。(苦笑)

 

今では考えられないようなご苦労があったんですね。

恐怖にもいろいろありますしね。スプラッターは好きだけど心霊ホラーが苦手というスタッフもいましたし、このタイトルが求める霊的な恐怖がどういうものなのか分からなかったのでしょう。

ゲームがある程度形になってきて、霊が「いる」と思わせる存在感、肌にまとわりつくような湿った空気、そういったものがゲーム機で“見える”ようになってきて「ただ移動しているだけで怖い」ところまでくると、ようやくゲーム開発が前に進むようになりました。

 

目指すべき“恐怖”を開発メンバーに共有するために、柴田さんからはどのようにお話しされていたのでしょう。

いくらコンセプトや具体例で話しても、結局言葉では伝わらなかったということだと思います。霊が出る前のあの空気って、やっぱり一度は経験しないと難しいと実感しました。

よく思い出すのは、シリーズ4作目の『零 ~月蝕の仮面~』(任天堂,Wii, 2008年)を開発していた時のことです。完成した後でグラスホッパーの須田さん(※)が「(開発中にいきなり)怖くなった、なぜ怖くなったのかは分からない」と話していたことがあって。その言葉がすごく印象に残っています。

※グラスホッパー・マニュファクチュア CEOのゲームデザイナー・須田剛一氏。『零 ~月蝕の仮面~』ではディレクションおよび開発を担当していた。代表作は『NO MORE HEROES』『ロリポップチェーンソー』など多数。

 

世界有数のトップクリエイターですら、恐怖を解明するには至らなかったと。

一緒に作っていて徐々に調整した過程を知っているのに「分からなかった」というのが意外だったんです。怖いかどうかは、ゲーム性とは別のところにある。積み上げていくものなんです。須田さんは、ふとチャンネルがあって“見える”ようになったんでしょうね。

 

何か「零」シリーズの世界観に通じるものを感じます。

言葉で説明するより体験しないと伝わりづらいというのは、そうかもしれません。「零」シリーズの世界観はどのタイトルも霊が出そうな空気に注力してきましたが、プレイしていただかないとなかなかわかりづらいと思います。

ホラーゲームは息の長い名作が多くて、たとえば『SIREN』(SCE, PlayStation2, 2003年)もそうですよね。インディーズ界隈にも面白いものがたくさんあります。

でも、やっぱり私は柴田の作る恐怖に心惹かれてしまうんですよ。ホラー作品には謎がつきものです。『バイオハザード』にはアンブレラ社という巨大な製薬会社が、『SIREN』には羽生蛇村そのものが謎であり、その謎を解き明かすほど更なる恐怖と暴力がやってくる。そして黒幕を倒すという目標へ動機付けがなされていきます。

一方、「零」シリーズは一貫して、わからないことが怖い。障子の向こう側が見えないから怖いし、不安でたまらない。物音が聞こえたような気がするけど、何の音なのか、どんな意味があるのかがわからない。情報の不足から生じる不安がプレイヤーの想像力を駆動させ、ぞわぞわと恐怖が心に染みていく感覚、これが「零」シリーズの真髄だと思うんです。

 

確かに、「零」はいずれも言いしれぬ恐怖、正体不明の不安感がつきまといます。

「零」シリーズでは、謎そのものの位置付けが他のホラーゲームとは少し異なるところがあります。それは謎が明らかになるほど、恐怖ではない、思いがけない感動へと繋がっていくという点です。その感動は、憐憫や愛、時に諦観へと達します。こんなホラーゲームは「零」をおいてほかにありません。

「零」の敵は霊です。すでに亡くなっているので、もう倒すことはできない。他のホラーとは違って倒す爽快感はないのです。しかも、現実と同じく根っからの悪人がいない世界にしているので、悪人を倒し野望を阻止して解決する話でもありません。もう皆死んでおり、すべて終わっているのです。

「射影機」(ゲーム内で登場する、幽霊を映し出すフィルムカメラ)で彼ら一人一人の死を記録して、その悲しみに寄り添い、終わらせてあげる。そうやって、主人公が霊の痛みに共感することで一つの解決を迎えるようなストーリーになるようにしています。

 

取材時に判明した“ありえないもの”

シリーズ20周年で、お二人がコンビを組んで20年ということにもなります。

実は私と柴田はテクモで同期入社なんです。新入社員の研修制作も同じチームでした。

 

ではキャリアのスタート地点から同じだったのですね。

そうなります。「零」のほかにトラップシリーズの『刻命館』(テクモ, PlayStation, 1996年)、それに続く『影牢 ~刻命館 真章~』(同, PlayStation, 1998年)から『影牢 ~もう1人のプリンセス~』(コーエーテクモゲームス, PlayStation4, 2015年)まで一緒に開発に携わってきました。

「零」の開発では柴田を含め、色々な方との縁を感じることが多いですね。須田さんもそうですし、同じグラスホッパーのCGデザイナーだった今出さん(※)にはプロモーション施策の「絶叫救急車 Ver.零」をプロデュースしていただきました。2021年12月によみうりランド(東京都 稲城市)で2日間イベントキャンペーンを展開して、非常に好評を博しました。

※株式会社怖がらせ隊 代表取締役の今出彩賀氏。グラスホッパー・マニュファクチュアでCGデザイナーとしてキャリアを重ね、2018年に怖がらせ隊を設立。お化け屋敷専門のプロデュース事業で注目を集める。

3Dサウンドホラーをメインとしたデリバリー型のお化け屋敷「絶叫救急車」と「零」シリーズのタイアップ企画。100万円以上するマイク「KU100」で録音した臨場感のある3Dサウンドホラーに加え、実際に射影機を使って霊を撮影し封印できるアトラクションとなっている。第2弾以降の開催予定は下記の特設サイトからご覧ください。

 

「絶叫救急車 Ver.零」は私もメディア向けの試乗に参加しましたが、畳み掛けるような恐怖演出に終始圧倒されっぱなしで。約10分間座っているだけなのに本当にすごい体験をさせていただきました。

ありがとうございます。私も監修のために何度か乗ったんですが、怖がらせ隊さんの企画力には本当に驚かされました。「零」らしい、最高の恐怖体験と感動があります。

「零」シリーズをプレイしたことのある方はもちろん、まだご存知ない方にもぜひ体験していただきたいですね。参加者にはちょっとした“思い出の品”もお渡ししています。次回開催日は未定ですが、新型コロナウイルスの感染が収束次第、順次再開していく予定ですので楽しみにお待ち下さい。

 

私も“思い出の品”をいただきました。大切にとってあります。(笑)

記者さんは(絶叫)救急車に乗った時、小さな女の子を見ましたか?

女の子ですか? ……いえ、見覚えはありませんが。

絶叫救急車に試乗した時に隅っこにいたので、ちょっと気になって……じっと菊地の方を見てたけど。

え!? 全然気づかなかった。

じゃあ、やっぱりそうなんですね。今出さんに尋ねたら、嬉しそうに笑って「気付いていただけたんですね、あのコ達に」って言ってましたから。

待ってください。それは、もしかして“本物”では……?

大丈夫ですよ。今出さんもおとなしいコだって言ってましたから。

※念の為、編集部より怖がらせたい隊へ問い合わせをしたところ、確かに曰く付きの“あるもの”が車内に設置されているという。なお専門の鑑定士によれば「悪いものではないので安心していい」とのことだった。

 

次回の「絶叫救急車 Ver.零」にも、その女の子が乗ることになるのでしょうか。

そうですね、折角の機会ですから。(笑) 次回の開催にはぜひ会いに来てください、“彼女”たちに会えるかもしれません。

 

思いがけない展開になりましたが、貴重なお話をありがとうございました。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

 

 

©2014-2021 Nintendo / コーエーテクモゲームス
©2014-2021 コーエーテクモゲームス

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島中 一郎(Ichiro Shimanaka)
島中 一郎(Ichiro Shimanaka)https://www.foriio.com/16shimanaka
ライター。ゲーム・アニメ業界を中心にニュース記事の執筆、インタビュー、セミナー取材などマルチに担当。ボードゲームが趣味であり、作品のレビューや体験会のレポートを手掛けるほか、私生活で会を催すことも。無類のホラー好き。

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