
11月27日(土)から28日(日)までの2日間、ゲームクリエイター向けのカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2021 ONLINE」が開催。コンピュータエンターテインメント開発技術者やクリエイター、ゲーム業界を目指す学生を対象に、デジタルエンターテイメント技術の講演が行われた。
本稿では、11月28日(日)に実施された講演「『メガトン級ムサシ』音楽で作るムサシの世界観」の模様をレポートしていく。
【講演者】

株式会社レベルファイブ
プロダクトグループ サウンドチームI
チームリーダー サウンドクリエイター
『妖怪ウォッチ』シリーズのゲーム、TVアニメ、劇場版の音楽を担当。『メガトン級ムサシ』では、楽曲ディレクターと、音楽を担当。また、TVアニメの音楽でも世界観の構築と共に、音楽演出も担当する。

株式会社レベルファイブ
プロダクトグループ サウンドチームI
サウンドクリエイター
2018年入社後、楽曲や効果音などを制作し、『映画 妖怪学園Y 猫はHEROになれるか』の劇伴や、アニメの挿入歌、エンディングテーマ等も制作。『メガトン級ムサシ』では音楽制作や音楽演出を担当。
講演では『メガトン級ムサシ』の制作過程を振り返りながら、新しい音楽のコンセプトを作るうえで直面した問題と解決策が紹介された。
過去1番の苦戦…『メガトン級ムサシ』音楽制作過程
そもそも、『メガトン級ムサシ』は「イナズマイレブン」や「妖怪ウォッチ」、「ダンボール戦機」などに続く、レベルファイブのクロスメディアプロジェクト作品の最新作となる。同プロジェクトはアニメやコミックス、グッズなど多方面に展開することが前提のコンテンツ。
IPの立ち上げ段階から、どの媒体から入っても同じ世界観を感じられるように、各メディア間で連携をとりながら制作を行っているのが特徴だ。
そんな本作の楽曲制作チームは、ゲーム・アニメのBGM(劇伴)、アニメのOP・EDテーマ、およびアニメの音楽演出までを幅広く担当。
クロスメディアプロジェクト作品はこれまでも世界観に統一感を持たせるため、ゲームとアニメで同じBGMを使用する方針を取ってきた。ユーザーが別メディアでコンテンツに触れたときに、違和感がないように配慮されているというわけだ。

音楽制作に関するツールも紹介。メインで使用しているDAW※はNuendo 10,Digital Performer 10となり、アニメの音楽演出ではPro Toolsも使用。
使用音源はKOMPLETE 13 ULTIMATEやEAST WESTの各種音源、SPECTRASONICSのシンセ音源などが中心となっている。複数のスタッフで制作しているため、頻繁に使用する音源についてはスタッフ間で統一しているそうだ。
※DAW……デジタルでオーディオの録音、打ち込みや編集、ミックスなど一連の作業が可能なシステム

そして本題に入るのだが、「今回、めちゃくちゃ苦戦しました」と切り出したのは西郷氏。なんでも、キャリアの中でも1番と言えるほどの苦労があったそうだ。ここからは、その制作過程の話となる。
まず前提として、『メガトン級ムサシ』のストーリーは、異星勢力“ドラクター”に侵略された地球を舞台に、少年少女が巨大ロボット“ローグ”に乗り、地球を取り戻すべく奮闘する内容。人類の99.9 %が死滅し、逃げ延びたごくわずかな人々は滅びの日の記憶を消され、シェルター“イクシア”の中でごく普通の生活を送っているという、非常にハードな世界観となっている。
メインとなる登場人物に関しても、「常識外れの革命児」の一大寺大和や、「人情派番長」の土方龍吾など、一癖も二癖もあるようなキャラクターが揃う。


上記のように、ハードな世界観と個性的なキャラクターが作品の特徴となっているのだが、本プロジェクトは2016年に制作が報じられてから今日に至るまで、デザインや設定、世界観が変更されているという。そのため、求められる楽曲のイメージも当初とは異なるものになったようだ。

西郷氏曰く、2016年の発表当初は「古き良きロボットモノ」を目指しており、昭和の王道な雰囲気を再現するというコンセプトで制作が進行。
中期では、一大寺の性格が大きく変わり、サイコパス的な雰囲気が漂うものに。作品全体の雰囲気としても王道ロボット作品からは離れ、現代風の尖った方向性になっている。
このように作品全体のコンセプトが大きく変更。対して、楽曲に関する2016年当初のコンセプトは以下の3つ。
- 王道ど真ん中のロボットものサウンド
- ブラス中心のオーケストラサウンド
- わかりやすいメロディ
講演では実際に当時の楽曲を聴くことができた。筆者の感想としては、正に王道な雰囲気のオーケストラサウンドで力強さのある素晴らしいものとなっていた。
しかし、初期から中期で世界観やキャラクターにこれだけの変更があると、当然ながら最初に制作した音楽では作品の雰囲気には合わなくなってしまう。西郷氏は「リニューアルされたコンセプトに合う、今の世代が聴いて新鮮に感じるような音楽をイチから考える必要があったため、いきなり壁にぶち当たった感覚だった」と、当時の苦労を吐露。

ということで、新たなコンセプトのもと、ミッションとなったのが「今の世代に新鮮に刺さる物にする」というもの。

初期の楽曲を捨て、2020年春ごろからの音楽制作でまず着手したのは、世界観を形作るうえで重要な、見せどころの楽曲“ムサシ発進!”。しかし、その制作は難航してしまったという。
西郷氏は「クリエイターあるあるかもしれませんが」と前置きしつつ、作品固有の特徴を作るべく新しいものを求めすぎるあまり、奇をてらった案に偏ってしまったそうだ。和風、演歌風、応援団風……とさまざまなアプローチを試してはボツとなってしまい、迷走状態に。
そして“ムサシ発進!”の制作後もボツが連発している中、音楽の世界観を定めて楽曲を量産しなければいけない時期に突入。そこで、重要な“アバンタイトル”の制作へ。
アバンタイトルとはアニメや映画のOP前にあらすじを語る部分のことを指す。『メガトン級ムサシ』のアニメやゲームにも必要であり、そこでの楽曲は最初にユーザーの耳に入る重要な役割を持つ。世界観の指針が決まっていない中で制作するのは大変だが、スケジュール的な都合で後のない状況だったという。

鍵はブルガリアンボイス
“アバンタイトル”制作にあたって、プロデューサーの日野晃博氏(同社の代表取締役社長/CEOでもある)と相談する中で得た、「オペラ感」「躍動感」「運命感」といったキーワードをもとにデモを作成。しかし、それでも「『メガトン級ムサシ』らしい新しさのある楽曲にはならなかった」と西郷氏。
そんな模索を続ける中、たどり着いたのがブルガリアンボイスと呼ばれる音楽。
ブルガリアンボイスは、ヨーロッパのブルガリアで民族音楽として伝わる女声合唱で、ビブラートがほとんどなく不協和音的な音のぶつかり合いによる独特な響きが特徴の音楽。有名な作品では他に「攻殻機動隊」がブルガリアンボイスを取り入れた例となるだろうか。
西郷氏は、ブルガリアンボイスが持つ女性の透明感のある美しい声と民族的な雰囲気を、質の全く違う『メガトン級ムサシ』の荒廃した地球、およびロボット作品と合わせるという「違和感」の部分に可能性を見出したという。

そして実際に砂川氏に聴かせたところ、ここまでの制作の中で初めてとなる「新鮮さ」を感じ取ってもらうことに成功。制作開始時のキーワードである「オペラ感」「躍動感」「運命感」とは全く異なるアカペラの合唱曲になったものの、試しに作ってみることに。

デモをダメ元で提出すると、今までなかった手応えを得ることができ、細かい修正を加えたのちに完成。実際のアバンタイトルが以下の動画で確認できる。ちなみに、本作のアニメはレベルファイブのYoutubeチャンネル「LEVEL5ch【公式】」で期限なく公開中。
また、アバンタイトルとあわせて次回予告の楽曲も制作。こちらは次回に向けての盛り上がりを意識して、パーカッションや弦楽器を加えることで期待感を膨らませる役割を担っている。
このように、一見すると親和性がなさそうなものを掛け合わせるという手法を使った結果『メガトン級ムサシ』らしい楽曲を生み出すに至った。

さらに『メガトン級ムサシ』は、リズムに関してもこだわりの一面が。2016年の発表当時から温めていたアイデアとして「メロディで特徴を出すのではなく、すべて太鼓などのリズムで楽曲を形作る」という案もあり、とにかくリズムを大事にしていたという。
その一例として、2016年に発表されたメインテーマの段階からリズムがなんと「6・3・4」=『ムサシ』になる言葉遊びが仕掛けられていたのだそうだ。現在でもメインフレーズとして、楽曲のいたるところに「6・3・4」のリズムが使用されている。


こうした言葉遊びを取り入れた発想については、西郷氏は「遊び心も忘れずに制作に取り組んでいます」と語った。
バトルシーンは「ショーのようなカッコいい演出」に
音色やリズムの方向性が定まった後は、いよいよバトルシーンの楽曲制作に。しかし、このバトル曲でも苦戦したところがあったという。
制作にあたって、バトルシーンについて強いこだわりをもっていた日野氏からのオーダーは、「ショーのようなカッコいい演出」だったそうだ。そのために大事にしていた方針は、以下のふたつ。
- バトルシーンの「キタキタ感」
- それ以外のシーンはバトルシーンを演出するための前振りくらいの勢いで制作
「『メガトン級ムサシ』のバトルに相応しい楽曲は、ただカッコいい曲というだけではない」と語る西郷氏は、ムサシらしさを追求する過程で大いに悩むことに。
砂川氏と協力してデモ制作を進める中、ギターだけではありきたりの楽曲になってしまうということで、アバンタイトルでも使用したブルガリアンボイスを絡めたものを作成。短期間で制作したデモを日野氏に送ってみたところ、バトルシーンではなくアニメの合体シーン(スカイビルド)に採用されるなどの出来事もあったとか。
上記は想定していなかった形でブルガリアンボイスがハマった例となったが、チームの中で「激しい曲にも民族風のボーカルが『メガトン級ムサシ』らしさに合う」という確信に変わる一件となったという。
こうして生まれた楽曲を“民族ロック”と呼び、その後の制作の指針にすることで、バトルシーンの楽曲が出来上がっていった。

こうしてアバンタイトルに続いてバトルシーンでもブルガリアンボイスが採用されたことで、『メガトン級ムサシ』における楽曲の世界観が段々と定まっていくこととなった。
まとめとして、西郷氏は「最初は何かひとつの正解となる要素を探していたが、そうではなかった」と振り返る。そして「チームで相談し、さまざまな要素が上手く混ざることで作品の世界観が作られていく」と語った。
ゲームとアニメの世界観を統一
ここからはアニメの音楽演出の話題に。前述の通り、レベルファイブのクロスメディアプロジェクト作品ではゲームとアニメの世界観を統一するために、アニメの音楽演出に関しても同じチームで制作している。
とはいえ、ゲームとアニメは異なる性質を持つメディアであるため、音楽の付け方にも差異があるという。
ゲームの場合、そのインタラクティブ性の高さからいつどこで音楽が中断されるかわからないのが特徴。よって、イベントのスキップ、戦闘での敗北など、ユーザーの行動によって音楽が途切れる可能性を考慮して、どこで中断されても違和感がないように作る必要性がある。
一方のアニメでは、あらかじめ細かくシーンの秒数が設定されているため、セリフやシーンにぴったりと合わせた演出が求められる。

また、ゲームは社内で制作しているため開発の進捗を細かく把握することが可能だが、アニメの場合は外部制作であることからそうもいかない。

ここでは、アニメの制作フローに沿って音楽演出の流れを紹介。
①まず「シナリオ」の段階では、必要な楽曲を考えるプランニングを行う。
②その後、「絵コンテ」をもとに、「どのシーンに何秒使われているのか」を把握。
③次に、絵コンテを映像化した「コンテ撮」が行われるタイミングで映像に音楽を合わせていく作業に入る。
④続いて、声優による音声や色が追加される段階では大きく印象が変わることがあるため、細かい調整が都度発生。
⑤最後に、効果音や最新の映像を組み合わせて最終調整を行い、完成となる。
『メガトン級ムサシ』ではゲームとアニメの制作が同時で行われていたため、どちらかで変更があるともう片方の演出にも都度調整を掛けるような形で進行したという。細かい演出に違いがありつつも地続きになっていることで、ユーザーが抱く印象がメディアによって変わらないことを心がけていたようだ。

以上、『メガトン級ムサシ』における楽曲の世界観がどのように作られていったかがわかる講演となった。また、ゲームの制作会社がアニメの音楽全般を担うことは、メディアミックスが前提のプロジェクトならでは。音楽が作品にもたらす印象は非常に強いものであるため、こうした手法はメディア間の相乗効果を生み出す重要な要素だと言える。